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「マジか? ・・・・・・でもそれってばれやしないか?」
面倒なことに巻き込まれるのはごめんだと後込みする仲間の声に、アオを殴った男は、ふん、と鼻で笑った。
「バレやしねーよ。初めてじゃねえんだ」
「マジかよ・・・・・・」
アオは自分の口を押さえている男の手が、さっきよりもゆるんでいることに気がついた。男たちのようすを見ながら、慎重にタイミングをはかる。おそらくチャンスは一度きり。
いまだ!
アオは自分の口を押さえている男の手を思い切り噛んだ。男の手が口から外れる。
「・・・・・・痛っ! こいつ噛みやがった!」
次の瞬間、アオは駆け出していた。
「あっ! 待て・・・・・・っ!」
背後から男たちの追いかけてくる足音が聞こえてくる。アオは人通りのないホテルの廊下を駆け抜けると、裏の出入口から外へ飛び出た。
アオは裸足で、脱がされたズボンを拾う時間もなかったから、下半身は裸だった。ジャケットを脱いで、隠すように腰に巻きつける。そんな格好で街を走り抜けるアオを、人々が何事かと視線を寄越す。
「あっ!」
小石か何かの鋭いカケラを踏んで、アオは地面に転がった。見ると小さなガラス片が右足の踵に突き刺さっている。アオは顔を歪めると、ガラス片を指で引き抜いた。痛めた足を引きずるようにして再び歩き出す。そのとき、男たちの声が再び聞こえてきた。
「どこいった!?」
「逃げられたらまずいぞ! 俺たちの顔も見られてるんだ!」
「探せ! 絶対に逃がすな!」
とっさにアオは路地裏に逃げ込んだ。きょろきょろと周囲を見回して、飲食店のゴミ箱の陰に身を隠した。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
恐怖で身体が小さく震えている。首にはショールを巻いているものの、上半身は薄い長袖のシャツを一枚着ているだけ、下半身にいたっては申し訳程度にジャケットを巻き付けているだけという間抜けな格好で、思わず自嘲の笑みが漏れた。
空を見上げると、ビルとビルの合間に、頼りない星の瞬きと、白銀のような細い三日月がのぞいているのが見えた。
さっき見知らぬ男から殴られた口の端は血が滲み、ずきずきと痛みを訴える。
そのとき、バタバタと複数の駆ける足音が路地裏に響いた。アオはびくりとした。少しでも身体が隠れるよう、物陰に小さくなる。
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