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 悔しさがこみ上げる。  オメガで生まれたことは、アオのせいではないはずだ。けれど、世の中それがすべてなのだ。アルファが社会の頂点を仕切る世界。オメガに生まれついた時点で、アオの将来は決まっていたといってもいい。抜け出すのは決して容易なことではない。  アオはうつむき、唇を噛みしめた。いまごろ、部屋でひとりアオの帰りを待っているリコを思い浮かべる。朝、アオが家を出るとき、身体がだるそうな自分を気遣って、リコは何も言わなかった。けれどそんなリコのほうだって、少しだけ具合が悪そうなことにアオは気づいていた。先の見えない不安が、アオを押しつぶす。真っ暗なトンネルの中にいるみたいだーー。  アオは顔を上げると、シオンを睨みつけた。目の前の男はきっと、アオのような思いをしたことはないのだろう。  シオンは何だと問うように、眉をひそめた。 「アルファであるエリートのあんたに、俺たちの何がわかるんだよ!」  それはアオの心の叫びでもあった。アオだって、何も好き好んでこんな生活を送っているわけではない。いつ食べるものや住む場所さえ失うかもしれない先の言えない不安。大事な弟に満足な教育も受けさせてやれない惨めさ。  誰が好き好んで見知らぬ男に身体を売るか。そうでもしなければ食べていけないからだ。病弱な弟に薬も買ってやれないからだ。汚れたものなど一度も触れたこともない顔をしたアルファである男になんてわかるわけがない。 「ああ。わからないな」 「・・・・・・え?」 「いまの生活が嫌なら抜け出せばいい。たいした努力もせずに不満ばかり述べている者の気持ちなどわかりたくもない」  シオン、と大男がシオンの腕に触れる。シオンの目には、ほんのわずかな疑問も浮かんではいなかった。おそらく彼は、本当にそうできるものだと信じているのだろう。  アオの胸を、冷たい風が吹き抜ける。心の中が空っぽになってしまったみたいだった。  きっと何をどう説明したとしても、シオンにはわからないのだ。最初からアオとは住む世界が違う。  ははっと乾いた笑みを浮かべるアオに、シオンが怪訝な顔をする。そのとき、またあの花の匂いがした。気のせいか、匂いはさっきよりも強くなった気がする。 「なあ、あんた何か・・・・・・」  香水をつけていないか?  そうアオが訊ねようとしたときだった。
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