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 事務所から出ると、騒ぎに気づいていた作業員たちが手を止め、アオを見ていた。その中には例のオメガ、彼の名前は何ていっただろう・・・・・・、同じく工場長に嫌がらせを受けていた気の弱そうな青年の姿もあった。 「お騒がせしてすみませんでしたー! みなさま、元気でねー!」  ぺこりと頭を下げ、ひょうひょうとした足取りで出口のほうへと向かうアオの姿を、作業の手を止めた作業員の視線が追いかける。これまで一度も話をしたことのないオメガの青年の横を通り過ぎるとき、アオは素早く彼のポケットに、さっき多くもらった札を捻り込んだ。青年はポケットの中身を確かめると、ぎょっとしたように、アオの顔を見た。  同じ境遇の青年を助けるだけの余裕はアオにはないし、こんなこと同情以外の何物でもないことはわかっている。恐らく彼はこれからもさんざん嫌な目に遭うだろうし、工場長の嫌がらせが止むとは思えなかった。けれど、このわずかな金でも、ひょっとしたら彼の助けになるかもしれない。 「・・・・・・ありがとっ」  背後から、ささやくような声が聞こえてきたけれど、アオは振り向かなかった。  その後、滞納していた分と、今月の家賃を大家に支払うと、アオの手元にはほとんど残らなかった。アオたちは家の前に積まれていた家具や私物を部屋の中へと運び込むと、ささやかな食事をとった。その夜、リコは疲れが出てしまったのか、再び寝込んでしまった。赤い顔をしてベッドで横になりながら、「アオ、ごめんね」と悔しそうに謝るリコに、アオは「大丈夫だから、リコは何も心配しなくていいから」と慰めの言葉を伝えることしかできなかった。
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