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どうして、と考えるだけの余裕はなかった。本来なら発情期まではまだしばらくあるはずだった。
喉がカラカラに乾く。目がとろんとして、身体が熱を帯びる。
「あぁ・・・・・・っ」
誰かの精を内側に取り込むため、自分の身体から誘うような甘い花のような匂いが放たれているのがわかる。
「オメガだ・・・・・・っ!」
「なんでこんなところに?」
「まさか発情しているのか・・・・・・?」
あ・・・・・・っ。
人々の目が吸い寄せられるようにアオに向く。その目には理性を失ったような光が浮かんでいる者もあった。
怖い・・・・・・!
恐怖なのか、それとも発情のせいか、身体がガクガクと震える。全身から汗が吹き出すたびに、匂いはますます濃くなっていくのがわかった。アオの発情に誘発されて、周囲の人間たちがじり・・・・・・、と近づいてくる。
嫌だ。怖い。怖い。誰か助けて・・・・・・っ!
アオは両手で自分の身体を抱きしめるように、ぎゅっと小さくなった。そのときだった。
「このバカが!」
ーーえ・・・・・・?
ひどく懐かしい声を聞いたと思ったら、突然何か布のようなものを頭からかぶせられる。次の瞬間、両脚をすくい上げるようにふわりと身体を持ち上げられた。頭にかぶせられた布が少しだけずれて、その端正な顔を珍しく歪ませているシオンの姿が目に入る。
シオン? どうして・・・・・・?
「カイル!」
「わかっています!」
シオンの鋭い声が聞こえた後、太股のあたりにチクリ、と鋭い痛みが走った。身体に何か液体のようなものを注入される。液体の正体が特効薬だ、と気づいた瞬間、アオは焼けつくような激しい痛みに襲われた。
「ーーーーー・・・・・・っ!」
特効薬は劇薬なため、当然のことながらその副作用も強い。ちょっとでも気を抜けば痛みに苦痛の声を上げてしまいそうで、アオはぶるぶると瘧のように身体を震わせながら、唇を噛みしめ、必死に悲鳴を堪えた。
「痛みがひどいなら、我慢しなくていい」
まるで小さな子どもをあやすように、布越しにぽんぽんと頭の後ろをたたかれる。
シオン。シオン。シオン・・・・・・!
堪えきれない身体の痛みと、心の一番深く柔らかいところを不意打ちのように思いがけないやさしさで包み込まれ、これまで必死に押し込めていた感情のダムが、あふれるように決壊する。
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