「零れる」 午後野つばな イラスト:Shiva

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 かつて、アオが何も知らない子どもでいられたとき、「運命のつがい」に憧れていたことがあった。ふたりは幸せになりました、で終わるおとぎ話みたいに思っていた。そして、いつか自分にもそんな相手が現れるのだと夢見ていた。  アオは首をすくめた。  万が一の事故が起こらないよう、首を隠すために巻いたショールは、アオがオメガであるという証しだ。  ビルの隙間から、星が瞬いているのが見えた。白い息をほうっと吐き出し、寒さにかじかむ指先を温める。生地が薄くなったジャンパーはその用途をなしてなく、新しい服を買うだけの余裕はアオにはない。もしも金が少しでもあったなら、アオはそれをリコのために使いたかった。身体の弱いリコを、一度ちゃんとした病院の医者に診てもらいたかったし、たくさん栄養のあるものを食べさせてあげたかった。それにリコは、アオとは頭の出来が違う。学校にいきたいとこれまで一度も口にしたことのない弟が、けれど心のどこかで進学を望んでいることをアオは知っていた。世の中、すべては金だ。金、金、金・・・・・・。 「くそっ」  ジャンパーのポケットに男が投げ捨てた札を捻り込み、路地を出る。いまの時間ならまだ薬局は開いている。とりあえずリコの薬を買わなければ。  アオは財布を取り出すと、手持ちの金と合わせていくらになるかを確かめた。家賃は遅れているが、後数日で給料が入るからそれで何とかなるだろう。薬局で薬を買い、近くのスーパーへ入った。リコの好きなリンゴを一個だけ選び、鶏ガラとショウガ、それから迷ってタマネギを買った。  夜のスーパーはアオのほかにほとんど人がいなかった。いるのはレジを打つ中年の店員と、生活に疲れた顔をしている何人かの人だけだ。明るい店内、ガラスウィンドウに反射して、表情をなくした自分と目が合った。  いったいいつまでこの生活が続くのだろう。オメガである自分には、学歴も、金もない。リコ以外の家族はいない。頼れる者など誰もいなかった。ただ、きょうを生き残るだけの、明日をも見えない生活ーー。
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