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美緒と話していると、私たちの同級生である福井が声をかけてきた。
「なあ、もしかして篠宮も課題出された?例の有名なやつ」
「あれ、課題っていうんかなあ。えっと、『卒業後は先生になるつもりか』と『どんな先生になりたいか』っていうのをA4用紙にまとめなさい、とかいうやつ」
「そうそう、それ。うちの研究室では三年生のこの時期に絶対出されるという」
大学の教育学部というところは、卒業したら大半が学校の先生になるものだと以前は思っていた。しかし、実態は必ずしもそうではないらしい。卒業後、民間企業に就職する者もいれば、公務員として役所に勤める者もいる。特に私の所属する教育社会学のゼミはその傾向が顕著な気がする。
そこで、なのかどうかはいまいちわからないのだけれど、うちの教授は毎年、三年生との面談では先の二つについて記述させているらしい。というのが、長きにわたり、我がゼミにまことしやかに伝わる伝承である。まあ、結局のところ、その真意は不明なのだが。
「いまいち、何を書いたらええかわかれへんのよなあ」
そうそう、と隣でうなずく美緒を横目に、、あんたはなんて書くつもりや、と福井に尋ねてみる。
「うん、俺はまあ、地元に貢献できる先生って書こうかなと思って。卒業後は地元に帰るつもりだし。ほら、地元の文化っていうか、伝統的な生産物とかお祭りとか、そういうものを子どもたちに伝えるっていう、ええと、俺が言いたいことわかる?」
「ああ、なるほどな。あんたらしい。」
少し恥ずかしそうに、でも、だからこそ本音なのだろうと私たちにわかるような表情をしながら、彼は話していた。
よく、そんな風に迷いなく言えるものだと思う。私たちは地方都市にある国公立大学に在籍している。彼は隣の県にある、田園風景の残る町の出身で、その地域の伝統ある進学校を卒業していた。この大学を卒業した後、隣の県で教員ないし地方公務員として就職するものは少なくない。おそらく、彼が戻れば親戚一同にとっても鼻が高いのだろう。
彼の言葉を反芻しながら考える。私だって地元に愛着はある。家族、友人、年に一度の祭りの喧噪…。でも、私は彼のようには言えないな、と思う。
私には…、地元を愛しているのかわからない私には、地元に貢献したい、と言い切る自信はない。それは、あまりに嘘っぽいから。
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