1. 宮城妖怪奇譚  後輩書記とセンパイ会計、旬の馳走に挑む

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 大学の中央図書館で、江戸の食物史を研究した書物を読んでいる黒髪の小柄な女の子がいた。小柄というか、小学生か中学生に間違えられることもよくある背丈で、机に本を積んでいると姿が隠れてしまうほどだった。そこに同じ部活の後輩女子が通りかかった。 「あっ、ふみ先輩、見つけた!」  ふみは本から顔を上げる。髪を両サイドに分け、リボンで二つ結びにしている。 「ん? 亜(あ)っちゃん、どうしたの?」  亜っちゃんと呼ばれた少し狐目の後輩女子は困り顔でそばに来た。スラリと背が高い。 「数井先輩から部室に呼んできて、って言われたんですよ。ふみ先輩って携帯持ってるのに、いくらかけても出ないんですね」 「ごめんごめん、ちょっとカキの食物誌を読んでて夢中だったから。ほら、着信はあるよ」  ふみはニコッと笑ってバッグの中から携帯を見せる。いや、出てくれないと意味がないが、この屈託ない笑顔を返されるともう何も言えなくなるのだ。 「へー、カキですか。ふみ先輩っていろんな本を読むんですね。面白いんですか?」 「え、うん、すごく面白いよ。まあ、もともとは宮城県の『カキが人に化けた話』から興味を持ったんだけどね」 「カキが人に……? ほっほおー。ふみ先輩、何となく亜人系の都市伝説な香りがしますね。そういうの、ワタシ大好物なんですよ!」 「亜人? ううん、亜っちゃん、違うよ。今度ちゃんと教えてあげるね」 「はいはーい。さっ、数井先輩待ってますし、部室行きましょ」  会話の噛み合いが微妙な女子二人は、仲良く図書館を出て別棟の部室へと向かった。  開堂大学(かいどうだいがく)二年、文学部国文学科所属、有能なる書記のふみちゃんは、時代が違えば伊達正宗の学術指南役にだってなれただろう。ふみちゃんは高校時代、伊達正宗の趣味が料理だったことを書物で調べ、正宗が『馳走とは旬の品をさり気なく出し、主人自ら調理してもてなすことである』という名言を残したことを学校新聞コラムにするほどの上級者だったらしい。 しかし、そんなふみちゃんと同じ大学に通う一年先輩の工学部建築学科所属、平凡なる会計の僕は、およそ吊り合わないほどの宮城の食文化知らずで、数学が得意な理屈屋で、伊達正宗が〝独眼竜〟の異名であったことを知り、片眼鏡を買いたくなるくらいだった。 ※文字数の関係上、続きは書籍版でお楽しみください。
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