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ホントのこと
ある朝、4年2組で男子に大人気のサナちゃんが、隣の席の僕に声をかけてきた。
「今日の髪型どう? かわいいいでしょ」
「……かわいくない。頭が大きく見える」
ウソはついちゃダメだぞ――死んだじいちゃんの教えを守って正直に言ったのに、サナちゃんは泣きだし、女子からは「謝れ」コール、男子は見て見ぬふり。
職員室で先生に仲直りするよう言われた僕は、教室に戻ったもののドアを開ける前に悩んだ。「本当はかわいいよ」と言えば仲直りできるんだろうけど、ウソはつきたくない。
サナちゃんの真っすぐできれいな髪が、クリクリに巻かれて膨張していたのは事実だったから。
「ホントのことを言えばいいのに」
振り返ると同じクラスのセリカが立っていた。不満そうな僕に、セリカが繰り返す。
「いつものサナちゃんがいい、ってホントのことだけを言えばいいのに」
それならウソをついたことにならない――目からウロコだった。
★ ★ ★
「なんともなかった、単なる胃炎だってさ」
余命半年と知らされて悲しむ妻と娘は見たくない。
病院でレンタルしたパジャマの裾を引っ張りながら、僕は生まれて初めてウソをついた。
幸い、今日はエイプリールフールだ。じいちゃんには許してもらおう。
よかったぁ、と笑顔になる娘とは反対に、妻は、ポツンとあの時と同じ言葉を呟いた。
「ホントのことを言えばいいのに」
だから、僕はホントのことだけを言った。
「セリカ――愛してる」
妻が、クシャッと顔を歪ませた。
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