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惚れた相手に煽られて欲情しない男などいない。辰巳もフレデリックも、お互い自ら服を脱いでしまう。そこに色気など必要なかった。
あっという間に曝け出された二人の躰は、齢を重ねど引き締まったままだ。フレデリックの長い指が辰巳の胸を滑り、腹筋を辿る。
「ねえ辰巳。今日はどんな声で啼いてくれるんだい?」
「知るか阿呆。俺は、お前を啼かせてやってもいいんだぜ?」
「そうだねぇ……僕を優しく舐めてくれるなら、考えてあげるよ子猫ちゃん。舐められると気持ちが良いのは、カズオキもよく知ってるだろう?」
どこをなどと言わずとも、辰巳が口での奉仕を一切しない事をフレデリックはよく知っている。その上で煽るような事を言ってくるのだから、本当に質が悪い男である。
嫌そうに顔を顰める辰巳を気にする事もなく、フレデリックは辰巳をベッドの上に這わせた。ひたりと、蕾を舐め上げる。さして時間をかけずとも綻ぶことを覚えた襞に、指を飲み込ませて舌で縁を辿る。
「ぁ、……ッく」
「カズオキのここ、気持ち良さそうにヒクついてるの、わかるかい?」
「言う……ッじゃ、ねぇよ、馬鹿」
フレデリックに言われなくとも、自分の躰がどこをどうされたら気持ち良くなるのかを辰巳は知っている。
たまに辰巳がフレデリックを抱く事もあるが、それよりも抱かれる方が気持ちが良いから始末に負えないのだ。気持ち良ければ何でもいい。辰巳にはそれだけだ。
フレデリックの方はどうやらそう単純でもなさそうだが、お互い利害が一致しているようなのでこの二人には何の問題もなかった。
後ろから覆いかぶさるように圧し掛かるフレデリックの剛直を飲み込まされて、辰巳は自ら寝台に顔を埋めた。痺れるような快感が爪先から頭上まで突き抜けて、思わずあげそうになる嬌声を堪える。
「ッ…、ふッ、……ぅっ」
「カズオキのナカは、凄く気持ちが良い、よ」
引き出すと攣られて生々しく捲れ上がる襞を指先で辿りながらフレデリックが言えば、ぐっと絞るように辰巳の腰が引き締まった。誘うようにナカの媚肉が蠢いて、蕾が収縮する。
早く動けと急かすような動きに、フレデリックはうっとりと吐息を漏らして一気に根元まで剛直を埋め込んだ。
「ッアァ――……ッッ、は…、ッイイ…、もっ…と、寄越せ……」
「なら、今日は遠慮なく、泣き叫んでもらおうか。……ね、カズオキ?」
名を呼び、ニヤリと悪辣に嗤うフレデリックに、辰巳はもちろん気付かない。望む以上の快楽と逸楽を与えられ、フレデリックの宣言通りの痴態を辰巳は曝す事となった。
そしてこの日、辰巳は初めてフレデリックに懇願の言葉を吐く羽目に陥ったのである。
――あー……マジで俺、アイツに犯り殺されんじゃねぇかな……。
乱れたなどという言葉では足りない程に乱れまくった寝台の上に突っ伏して、辰巳はシャワーの音を遠くに聞いていた。精液やら唾液やらでベタつく躰を流したいとは思うが、立ち上がるだけの体力も残っていない現実に辰巳は思わず真顔になる。体力的にも肉体的にも精神的にも、辰巳はその辺の男よりも勝っている自信がある。
確かにそれは事実でもあったが、フレデリックはその上を行く。
はぁ……と、辰巳は小さな溜め息を吐いた。
上体を持ち上げ、支える腕が震えて苦笑が漏れる。床に足を下ろすと、冷たさが素足に心地よかった。
「入るぞ」
声をかけて扉を開くと、たいして広くない浴室にフレデリックの引き締まった躰があった。自分の躰に満足している辰巳でさえ、思わず嫉妬してしまいそうな躰だ。
立ったまま髪を洗いながらフレデリックが問いかける。
「大丈夫かい?」
「ああ」
過剰な気遣いを含まない問いかけに応えて、辰巳は目の前にあるフレデリックの背に手を伸ばした。武骨な指で背骨に沿った窪みを辿る。
「ッ、……辰巳!?」
「あん?」
「どうしたんだい急に……」
「別に? 俺がお前の躰に触れちゃいけねぇのか?」
フレデリックが驚くのも無理はないと、辰巳自身も思う。辰巳からフレデリックの躰に触れた事は、長い付き合いの中で一度としてない。
「いけなくはないけど、急に触れられたら驚くだろう?」
「まあ、そうだな」
さっさと伸ばしていた腕を引っこめて、辰巳は壁に備え付けられたノズルから勢いよく降り注ぐシャワーの下に躰を置く。少し熱めの湯が全身を滑り落ちて気持ちが良い。
髪を流すフレデリックと場所を入れ替えながら、辰巳は口を開いた。
「フレッドよ」
「うん?」
「お前に聞きてぇ事がある」
「何だい? 急に改まって」
湯が張られていない浴槽の縁に腰を下ろして躰を洗いながら話す辰巳を、フレデリックがちらりと振り返った。
「聞くか聞かねぇか迷ってたんだがな、甲斐の顔を見る度に思い出しちまってどうしようもねぇからよ」
それだけで、フレデリックには辰巳が何を聞こうとしているのかが分かってしまった。
「なるほど。わかったよ」
「蒸し返して悪ぃな」
「構わないよ。ただ、シャワーを上がってからでいいかい?」
「ああ」
躰を洗い終えた辰巳の髪を、フレデリックの手が丁寧に洗う。どことなく重い沈黙が二人の間に流れていた。
先に浴室を出たフレデリックの手によって、寝台の上には新しいシーツが掛けられていた。糊が効いて肌触りの良いそこに辰巳は腰を下ろすと、煙草に火を点ける。
メインの照明が落とされ、間接照明だけが照らす薄暗い部屋に薄く紫煙が漂う。テーブルを挟んでクッションの置かれたソファに座るフレデリックが、先に口を開いた。
「もしかして辰巳は、この九年間ずっと気にしていたのかい?」
「別にいつもって訳じゃねぇよ。ただ、甲斐の顔を見ると思い出しちまう事があるだけだ」
ふむと、小さく頷いたフレデリックが碧い瞳で辰巳を見る。
「お前よ、あん時俺が着く二時間くれぇ前にはもう、あのビルに居たって言ったよな」
「そうだね」
「あそこで、何があった?」
「直球だなぁ」
クスクスと笑うフレデリックの手が、テーブルに置かれた辰巳の煙草に伸びる。
「一本、貰っていいかい?」
「お前、煙草吸うのか……」
「そうだね。僕は辰巳の事を知っているけれど、辰巳は、僕の事を何も知らない。それは僕のせいだ」
そろそろ本当の事を話そうか。と、囁くように言うフレデリックの顔をライターの火がぼんやりと明るく照らす。その表情は薄暗い部屋では、とても物悲しく辰巳には見えた。
「僕が知人からの電話で甲斐が攫われたのを知ったのは、キミも聞いてたね?」
「あん時の電話か」
「そう。あの電話の前から……というか、最初から甲斐を狙っているグループは、二つあったんだよ。ひとつは匡成が割り出してくれた、龍一のところと繋がりのある相手。もうひとつは、もっと違う、犯罪組織に依頼をしてた」
甲斐が辰巳の家に泊まった翌朝には、フレデリックはもう一組の情報を掴んでいたという。
「犯罪組織の連中は正直、日本のヤクザがどうこうできる相手じゃない。それは、キミも知っているね? 辰巳」
「だから俺に何も言わなかったってのか?」
「そうだね。それに、時間もなかったし。あの時、匡成は同業者以上が出てきたら自分たちは手を引くと言ったね。だから、犯罪組織が出てくる前に龍一たちの方を排除するので手一杯だったんだよ。その後は、どちらにせよ匡成の手に負える相手じゃないし、無駄だと思って言わなかっただけ」
甲斐を狙うグループが他にあると知ったら、辰巳は甲斐を迎えの車に乗せなかっただろう。それは確かだ。だからと言って、辰巳ひとりにどうにかできるものでもない。
だからフレデリックは辰巳に何も言わず、甲斐が辰巳の家を出る前に腕時計を渡したのだと、そう言った。
「親父からの電話の時か?」
「そうだよ。同時に、僕は知人に頼んで甲斐の車を追ってもらった。知人ひとりの手でどうにかなるようなら、その時に甲斐を助けるように頼んでいたし、手に負えないなら攫われた後も追ってもらえるように頼んであったんだ」
「それであのタイミングで電話が鳴ったって事かよ」
呻くように呟く辰巳の表情は苦い。
その様子に苦笑を漏らして、フレデリックは煙草を消した。つられて、辰巳も指の間で短くなったそれを揉み消す。
「そう。でも、ごめんね辰巳。本当の事を言えば、あの時辰巳が僕を疑うように仕向けたのは僕だよ。辰巳が言った通り電話のタイミングもそうだし、その後もね」
「あぁ? それは初耳だぞオイ」
思わず語気が荒くなる辰巳に、フレデリックが困ったように額を人差し指で掻く。
「うーん、……言わなきゃ駄目かい?」
「当たり前だろぅが。きっちり説明しやがれ」
神妙に返事をしてフレデリックは白状した。
「辰巳はどちらかというと直情型だし、あの時キミが言った通り、少し脅迫めいた言い方をしたら余計に怪しんでくれると……思ってた。……ごめんなさい」
「ああそうだな。俺はまんまとそれに引っ掛かったってこった」
「けど、あの時僕が言った言葉に嘘はないし、もし信じてくれてたなら一緒に甲斐を助けに行こうと思ってた」
フレデリックの言葉は、嘘だ。
辰巳が信用したとしても、あの時フレデリックが辰巳を一緒に連れていく事はなかっただろう。フレデリックは、辰巳に危ない思いをさせたくない。
龍一の方をさっさと片付けさせたのも、匡成が手を引く前になどという理由ではなかった。犯罪組織の連中が辰巳の家を襲撃する前にどうにか甲斐を他の場所に移してしまいたかっただけの事だ。
正直、辰巳の家は安全とは言えない。確かに常に複数の人間が詰めているが、逆にそれは、国際的な犯罪組織に狙われたら無駄に死人が増えるというだけの事である。あの時、もし辰巳がフレデリックを信用していたとしても、フレデリックはそのまま辰巳の首を締め落としてひとりで出て行っただろう。
例えその後で、辰巳に不信感を抱かれる事になったとしても。辰巳を危険な目に遭わせるよりはいい。
それが、フレデリックの真実である。
辰巳には、言えないけれど。
「それで? 俺がいなくなった後、お前はどこで何をしてた」
「場所を聞いて甲斐の様子を見に行った。元々甲斐は交渉の道具だし殺される心配はなかったけれど、知人から聞いた相手の規模が少し大きくて、自分の目で確かめたかったんだ」
「確かめるってお前……」
辰巳の言葉に、フレデリックが少しだけ悲しそうに微笑んだ。だが、その表情は一瞬だけですぐに消えてしまった。
「辰巳が来る前にあのビルに居たのは十人くらいだよ。中華系の、所謂チャイニーズマフィアだね」
「それがどうしてあんな事になる」
「僕が、殺した。……って言ったら、キミは信じるかい? 辰巳」
どこか挑発的な視線でフレデリックに問われ、辰巳は思わず息を詰めた。
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