ヤクザは嗤って愛を囁く。

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 長い指が、黒髪を弄ぶ。 「辰巳が時々、僕を殺しにくるからさ」 「ああ? 俺ぁお前に銃口向けられる事はあっても、向けた事はねぇよ」 「ふふっ、そうじゃないよ辰巳。精神的に、かな」  辰巳は、自分が放つ言葉の持つ破壊力をきっと理解していない。それは昔からだ。『お前と一緒なら何でもいい』など、殺し文句以外の何物でもないというのに。  当人だけが気付いていないから質が悪い。  そしてそれを説明したら、辰巳は顔を真っ赤にするのだ。 「はぁん? 意味わかんねぇな」 「墓穴を掘りたいって言うなら、教えてあげるよ?」 「あー……遠慮しとくわ…」  心底ゲンナリしたように吐き捨てる辰巳に、フレデリックはクスリと笑う。そして何かを思い出したように上着の内ポケットに手を差し入れた。  抜き出したフレデリックの手には、一封の封筒が摘ままれている。 「そう言えば辰巳。キミにこれをあげるよ」 「ああ? なんだそりゃ」  見ればわかると、そう言って差し出された封筒を受け取ると、辰巳は中身を抜き出した。顔の上に掲げたまま文面を読んで、口許を歪める。 「フレッド。お前も大概質が悪いじゃねぇかよ」 「何を言うんだい? 僕はただ、キミとデートがしたいだけだよ」 「はぁん? まあいいや、そういう事にしておいてやるよ」  フレデリックが辰巳に差し出したのは、ある画廊が開催するレセプションパーティーの招待状だった。  船が出発する前日に開催されるパーティーの会場は、横浜。パーティーの主催である画廊のオーナーは、先日のオークションを開催していた主催と同一の人物。そして、Special Guestと書かれた欄には隼人の名前がある。 「お前は本当に揉め事が好きだな」  辰巳の言葉を否定することもなく、フレデリックは朗らかに笑った。 「そういう辰巳こそ、どうしてトラブルが起きるって決めつけてるのかな?」 「あぁん? あの女の後ろ暗さは有名だろうが。それと、男好きな」 「おやおや、その口振りだともしかして辰巳……」  フレデリックが何を言おうとしているのかが分かって、辰巳は金色の頭をペシッと引っ叩いた。 「下世話な想像してんじゃねぇよ」 「恋人としては気になるなぁ。浮気は許さないよ?」  すぃと眇められるフレデリックの目は、とてつもなく冷たい。だが、辰巳にはそれが頗る色っぽく感じてしまうのだ。 「おいフレッド。その目はヤメろって、言わなかったか?」 「僕にこうして見られて、欲情するのは辰巳くらいだよ」 「はぁん? 分かってんなら脱げコラ。たまには抱いてやるよ」  まさしくあっという間という表現が相応しい程、辰巳とフレデリックはあっさりと服を脱ぎ捨てた。本当に、この二人には羞恥心などという言葉はないらしい。  部屋の中央にある一枚板の大きなテーブルに座った辰巳の中心を口に含みながら、フレデリックは自身の手で後孔を解す。  辰巳は、それを面白そうに眺めて煙草を吹かしながら金糸の髪を指先で弄んでいた。 「相変わらず、お前は口でするのが上手ぇな」 「っふ……、は…辰巳も、シてみるかい?」  顔をあげて微笑むフレデリックに、案の定辰巳は渋い顔を見せた。だが。  少しだけ考える素振りを見せて、辰巳が口にしたのは意外な言葉で。 「どうしてもお前がシて欲しいってんなら、考えてやらなくもねぇがな」  後ろに回していた手を引き抜いて、フレデリックは畳の上にぺたりと座り込んで辰巳を見上げた。 「驚いたなぁ……まさか辰巳がそんな事を言うなんて…」 「されてぇのかよ?」  口許を歪めて嗤う辰巳の表情はどこか愉しそうで、フレデリックは思わずそのままの姿勢で固まってしまった。  辰巳の長い脚がゆるりと持ち上がり、フレデリックの肩を蹴る。  あまりにも乱暴極まりない辰巳の仕草に苦笑を漏らしつつ、意図を察したフレデリックは半信半疑ながら畳の上に仰向けに寝転がった。  邪魔になったテーブルを辰巳は足で退かせると、フレデリックの足元に膝をつく。まるでスローモーションのようにゆっくりと、見せつけるように辰巳の唇はフレデリックの雄芯を飲み込んだ。 「ッ、は…ぁ、嘘……だろう…?」  目の前にある信じられない光景に思わずフレデリックの口から言葉が零れ落ちて、伏せられていた辰巳の視線が上がる。黒く闇を湛えた瞳が、フレデリックを射抜く。それは、肉食獣の壮絶な色気を纏っていた。  雄芯を食んだ唇が嗤うように歪められたかと思うと、口腔で舌が蠢く。フレデリックの硬く勃ち上がった質量を辰巳はいとも容易く飲み込んで、喉の奥で締め上げた。 「ふっ……く、はっ、いい…っ辰巳……ッ」  フレデリックの長い指先が畳に食い込んで小さな音を立てる。その様子に、辰巳はふっと嗤って本格的な捕食にかかった。  同じ男である以上、どこをどうすればいいかなど考える必要もない。口腔で屹立を煽りながら、辰巳はフレデリックの後ろの蕾を指で割り開いた。  ぐるりと内壁を掻き回すと、媚肉が蠢いて辰巳の武骨な指を締め付ける。同時に口に含んだそれがびくりと跳ねて、どこが気持ちいいのかがすぐに知れた。  フレデリックのそれを口に含んだまま、辰巳が嗤う。 「はあっ……あッ、辰…巳……っ、辰巳ッ、そ…もうっ、我慢……できなっ…ッ」  顔のすぐ横にある内腿がぐっと締まり、綺麗な筋肉の筋が浮き上がった。 「ひあ…ッ、あっ、も……ッ、イッ、――……くッ、ァ、ッッ」  フレデリックが全身を強張らせるのと同時に熱い液体が口の中に放たれて、さすがに辰巳は噎せそうになる。  すぐさま頭を上げて口に含んでいたそれを放した辰巳は不満の声を上げた。 「っぶねぇなおま……」  辰巳の声が、途切れる。  フレデリックは中途半端に達してしまった自身の屹立に長い指を自ら絡め、辰巳を誘うように足を開いてみせた。 「辰…巳……、お願い、そのまま挿れて……!」 「お前の色気には、敵わねぇなッ」 「ッ――……!! っふ、……熱…ぃ」  一息で突き入れられた剛直に、背を撓らせたフレデリックは辰巳の首を引き寄せる。 「っふ…、気持ちいい……辰巳。ナカ、が…いっぱい…だ」 「本当にお前は、煽るのが上手い」 「キス……して?」  唇を合わせて互いの口腔を舌でまさぐり、唾液を交換する。 「はっ、ふ…っ、僕の……味がするね…」 「誰が出していいって言ったよ?」 「ふふっ、ごめん」  正直なところ、フレデリックとしてはまさか自分が辰巳に口でイかされるとは思ってもいなかった。まあ、その前に口でされるとも思っていなかったのだけれど。  女にさえ口でしたことがない辰巳が、上手いなどと思う訳がない。多少油断していたとはいえ、あっさりイかされて些か参っている。  険しい顔をしている辰巳の首を引き寄せて、フレデリックは自ら腰を揺らめかせた。   ◇   ◆   ◇  フレデリックが普段キャプテンをつとめる大型客船は、昨夜横浜港に予定通り入港した。出航は明日だが、辰巳とフレデリックは先に代理でキャプテンを務めている男に挨拶をし、荷物を運び入れたところである。といっても、実際に動いていたのは辰巳のところの若い衆だったが。  日本を発ってもフランスに直行する訳でなく、随分と長い船旅になるため荷物もそこそこある。普通であれば船の中で衣類などは調達することも可能だったが、如何せん辰巳もフレデリックも躰が大きい。ラフな服はどうにかなっても、スーツは全てフルオーダーで、すぐに用意することが出来ないのだ。  十数着のスーツと、正装。それ以外の衣類だけでも、二人分となればあっという間にクロゼットがいっぱいになる。  辰巳がフレデリックと共にフランスへ行くために用意されていた部屋は、前回辰巳が押さえていた部屋などよりも遥かにグレードが高かった。名実ともに豪華客船と言われているだけの事はあって、その部屋は普通のホテルのスイートルームと大差がない。  辰巳が船上で過ごすためのすべての作業は、若い衆が済ませていった。  ようやく人心地ついた室内で、辰巳はソファに座り込んだ。 「あー……マジでめんどくせぇ。こういう手間があっから旅行は嫌なんだよ」 「辰巳は車でここに来ただけじゃないか」 「あれこれ人が動いてんの見てるだけで面倒だろぅが」  運転手付きの車で横浜までやってきて、荷物の一つも手を触れることなく今に至る。それでも面倒だなどと言う辰巳の言い草に、さすがのフレデリックも呆れかえるしかない。  備え付けのカウンターでフレデリックが飲み物を用意していると、胸元で携帯が着信を告げた。フレデリックが辰巳を見る。  あまり、フレデリックの電話にいい思い出がない事を気にしてでもいるのだろうか。そう考えて辰巳は苦笑を漏らした。 「出ろよ。何も気にする事はねぇだろ」 「Bonjour」  辰巳の言葉に小さく頷いて話し始めたフレデリックは、フランス語だった。  ――こいつの場合は日本語以外を話してる方が新鮮だな。  聞いていても辰巳にはフランス語の会話の内容など理解できない。母国語を話すフレデリックの姿をぼんやり眺めながら、昼飯は何を食おうなどと思っていると、あっという間に電話は終わってしまった。  通話を終えたフレデリックが、何やら楽しそうに飲み物を運んでくる。 「何か良い知らせでもあったのか?」 「うーん、良い知らせというか、トラブル?」 「はぁん? またお前は……」 「僕じゃないよ。隼人……というか、甲斐?」  フレデリックは何が起きているのだろうと楽しそうに笑う。 「隼人がパーティー会場に居ないみたいなんだよね。せっかく行ったのに会えなかったって友人がお冠でね」 「会場にいない?」 「うん。まあ、それだけの話らしいけど」  今のところはね。と、そう言って、辰巳の隣に腰を下ろしたフレデリックは隼人の携帯を呼び出した。 「おかしいなぁ。電波が入ってない」 「あぁん? 連絡が取れねぇって事かよ」 「実は僕、前に一度隼人の契約書を見たことがあるんだけど、連絡が取れないって事は絶対に有り得ないんだよね。あるとしたら、それはもう契約違反になるはずなんだ」  フレデリックの言う隼人の契約書というのは、隼人をモデルとして使う場合の契約書の事だ。それによれば、スマートフォンの電波の入らない場所へは、移動すら禁止されているのだという。 「まあいいや。甲斐に電話して聞いてみよう」 「何か楽しそうだなお前」  呆れたように呟く辰巳を気にする事もなく、フレデリックは甲斐と話し始めてしまった。しかもご丁寧に辰巳にも聞こえるようにスピーカーに設定してある。 「やあ、甲斐。何やら困ってるって聞いたけど、大丈夫かい?」 『耳が早いな』  甲斐が耳が早いと言った時点で、それは肯定を意味していた。 「だって、横浜なんでしょ? 例の彼女のパーティー。辰巳も一緒なんだけど、デートがてら覗いてきてあげようかなって思ってね」 「何がデートだよ、ったく。おい甲斐。隼人からはまだ連絡がないんだな?」 『ああ』 「だったら俺らが先に様子を見てきてやる。横浜に着いたらまた連絡しろ」 『それは有り難いが、招待状はどうするつもりだ?』  甲斐の言葉に、フレデリックが楽しそうに笑う。 「甲斐、僕を誰だと思っているんだい? 彼女が僕の船で何をしてると思ってるの」 『なるほど』 「じゃあ、先に様子は見ておくから気を付けておいでよ、甲斐」  そう言って電話を切ったフレデリックは、デートに行こうと言って立ち上がった。その顔は、物凄く楽しそうである。  フレデリックを見上げ、辰巳が呆れたように言った。 「やっぱり、お前の電話が鳴るとロクな事がねぇな」
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