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(てか、話が盛り上がってるのはいいけど、マスターも一緒に話してたら、薬を入れる隙がなくない……?)
晶の器用さはうっかりスリもできてしまいそうなほどだが、それでも二人にずっと注目されていれば、薬を入れるのは難しいだろう。
マスターが他の客の対応をしていれば別だけれど、残念なことに店に残っている晶と眼鏡の男以外の客は陽翔だけだ。
(て、あ! 僕が何か注文すればいいのか!)
「あ、あの……! ピーナッツください!」
「はーい」
マスターはすぐに皿に盛ったピーナッツを持ってきてくれた。それとグラスに入った水も。
(ラッキー! 頼んだお酒は飲めないし、ほんとは喉渇いてたんだよね。さすがマスター気が利く!)
頼んだピーナッツよりも先に、陽翔は水の方を一気飲みした。
陽翔が懸命にピーナッツの注文をしている間に、晶と眼鏡の男はスマホを覗き込んで楽し気に話を始めている。
「……で、これが先週行ったプーケットの写真。日本でせかせか働いていると、時折無性に青い海を眺めながら白い砂浜に寝っ転がってぼうっとしたくなるんだよね」
「わ~綺麗……!」
角度的に画面までは確認できないが、会話から察するに眼鏡の男が撮った海外旅行の写真を見せられているようだ。
晶は「すご~い」だの「素敵……!」だのを繰り返している。
本物のお嬢様なら海外旅行ぐらい幾度となく行ったことがあるだろうが、施設育ちの晶は飛行機にすら乗ったことがない。
演技だと分かっているが、写真にはしゃいだ声を上げる晶の声が陽翔の胸には突き刺さった。
(僕は、旅行費用どころか、生活費だって稼げない……)
それは、陽翔と違い身分を証明できるものを何一つ持たない晶を慮りあえて普通の仕事をしていないのだけれど、それでも不甲斐ないことには変わりはない。
(本当は、『獲物』なんかじゃなくて――……)
こんな風に一緒に飲めるのが自分だったらよいのに、そう思った。
晶にこんな『仕事』なんかさせずに、行きたいところどこにでも連れて行ってあげて、それで晶が笑ってくれたらいいのに、と。木偶の坊の遠い夢だ。
ガシャーン!
不意にグラスの割れる音がして、はっと陽翔は我に返った。
(何……?)
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