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「隣、いい?」
「……? どうぞ」
晶は少し驚いたような素振りを見せて、それを了承した。
カウンターもボックス席も、他に席はいくらでも空いている。
それなのに、一見して連れがいるように見える晶の隣に平気で座る。
たとえ連れでも、『この小太りの男なら負ける気がしない』という自信の表れだろう。
確かに、ゆるいウェーブの髪を無造作にオールバックにまとめ、黒縁スクエアの眼鏡をかけたその顔は、一般的に『イケメン』と言って語弊のないものだった。
事実、小太りの男は思わぬ襲来を受けて、すでに及び腰になっている。
「それ、スクリュー・ドライバー? お酒強いの?」
「お酒はあまり飲んだことがなくて、こちらの方に頼んでいただいたんです」
「じゃあ、もっと弱いのにした方がいいかもね。ジュースみたいに飲んじゃうと潰れちゃうよ。マスター、女性向けの作ってもらえる?」
「かしこまりました」
飲みやすくて酔いやすい酒であわよくばお持ち帰り――そんな安っぽい手の内を暴露されて、小太りの男はそそくさと床に置いたビジネスバッグを手にする。
「あ、僕もう行かないと……。じゃあね、アキちゃん」
支払いを済ませて、小太りの男は逃げるように店を出て行った。
眼鏡の男はそんなもの目にも入っていないという様子で晶に微笑みかける。
「アキちゃんっていうの? さ、アキちゃん。スクリュー・ドライバーなんかより、こっちのお酒飲んでみて」
「あ、美味しい……!」
「良かった。お酒について分からないときは、下手な男に訊くよりもバーテンダーに任せた方が安心だよ。ね、マスター?」
「ええ、何でも訊いてくださいね」
小太りの男などまるで最初からいなかったかのように、三人は和気あいあいと談笑し始めた。
(何か、ちょっと可哀想かも……)
金持ちでもイケメンでもない陽翔としては、小太りの男の方に同情してしまう。
だが考えようによっては、手持ちの金を盗られることはなかったのだから、彼は幸運だったのかもしれない。
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