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風鈴トンネル
「かもめになりたいんです。」
カラスはまっくろな瞳で、僕をじっと見つめた。
極楽橋駅の風鈴トンネル。僕はそのなかにいるはずなのに、風鈴の音はとても遠いところでなっているように聞こえた。
カラスが喋ったことについては、なぜだか、そこまで驚かなかった。それよりも、この真っ黒なカラスが、どうしてかもめになりたいのか、と、そういうことに頭を使っていた。
「かもめに、なりたいんです。」
きこえていないのかしら、といった様子で、少し首をかしげてから、カラスはまっすぐな声でもう一度、はっきりとそう言った。
「はい。」
僕は、とりあえずの返事をするので、精一杯だった。
「あ、よかった。聞こえていましたか。」
「あ、はい。」
カラスは少し安心した様子だった。カラスはカラスなので、表情が特に変わるではないのに、にこりと微笑んでいると、確かにそう思った。
「海につれていってください。」
僕は言葉が出てこない。沈黙が流れる。カラスは何度も首をかしげる。
「つれていって、いただけませんカァ?」
「……と、言われましても」
カラスは、じっと僕の目を見る。今までも見てはいたが、もっと深いところを覗かれている気がした。
「あ、びっくりしていますカァ。」
「…はい、びっくりしています。」
「ごめんなさい。でも、お願いします。海につれていってください。」
カラスは、まっすぐ、はっきりとした声をしていた。明るい、少女のような、純粋な声だった。
「かもめになりたいんです。」
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