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ナンカイに乗って
僕は、さっき降りたったばかりのホームに戻り、そして逆戻りの電車に乗った。
「ありがとうございます。」
リュックのなかで、カラスは小声で、しかしまっすぐにそう言った。
「いえ。」
僕の小声はぼそっとしている。
車内にはもちろん、僕のほかにも人がいるが、カラスには気づいていないようだ。
極楽橋へ向かっているときから感じてはいたが、車内はなんだか穏やかで、妙に温かい。僕が知っている電車とは違う空気が流れている。温度が違う。うまく言えないが、僕には少し居心地が悪いなと思うくらいの温かさだった。熱いくらいだ。もし、この変なカラスと、それを運んでいる僕に気づいたとしても、みんなすんなり受け入れてくれるような気がした。
「わたし、ずっとかもめになりたかったんです。よかったです。」
カラスの声はとびっきり明るい。
「ねえ、もしかして、君の声は僕にしか聞こえないんですか。」
自分は特殊能力を身に着けたのかもしれない、と思った。動物と話せる特殊能力。
僕は、人間と話すのが得意ではない。だから無口な男なのだが、話したいという気持ちは一応ある。独り言が多い人は、話し相手がいないからそうなるのだ、と聞いたことがあるが、僕は近所の野良猫に小声で話しかけては、迷惑そうな顔をされる毎日を送っていたのだった。そもそも、このカラスが話し出したのも、なぜかじっと僕を見つめてくる彼女に、こんにちは、と挨拶してみた後だった。
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