第三章 雪みたいに花みたいに 三

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 声がしたので振り返ると、八重樫が立っていた。これは村のことわざのようなもので、雪は花が散るようだが、死のように冷たいとも言う。村での雪はかなり危険で、子供の雪遊びを戒めていると言われている。  他に美女の例えの時もある。  俺は八重樫のアパートを、再度、見つめてしまった。影が染み込んでいて、部屋の付近だけ村の空気が漂っていた。車など放って置こうと思っていたが、この近くに五十鈴が通うとなると、不安を残しておきたくない。  闇を糧に、この影は強くなっているのだ。ならば、闇の供給源を断てばよい。俺は八重樫を見ると、溜息をついた。八重樫も、好きで八重樫の家に産まれたのではない。 「あ、ここで結界を張っておけばいいのか」  最近、結界を光にしか使用していなかったので、すっかり忘れていたが、闇を封じる力も持っている。  俺が地面に手を当てると、見えないように結界を張る。次に建物に結界を張った。 「うん。これで闇は出て来ないかな?」  そこで、八重樫は屋根の隙間を指差していた。この建物には、隙間が多いらしい。 「やはり、空間に結界を張るしかないか……」  村では結界に慣れているので、誰も不審に思う人はいないが、こちらの世界では見える人には見えてしまい、かつ、異常現象に感じてしまう。  俺が結界を張ると、シャボン玉の膜のような、オーロラ色の壁が出来る。人が出入りしても破れないが、闇が出入りするのは、やや体力を消耗する。  八重樫の部屋に結界を厳重に張ってから、俺は再度、車を見た。  好きな物には魂が宿る。この車には、親友を殺してしまったという思いが残る。あの日、車を頼みさえしなければ、親友は今も傍らで笑って愚痴を聞いていてくれた。後悔しても戻って来ない時間を封じるように、車を売り忘れようとしている。  しかし、青い車を見た時に、類似した何かを見た時に、思いは溢れて生霊になる。 「貴方は、今度は助けました……」  運転手は軽傷であった。  そして、この親友は恨んでなどいないのだ。むしろ、大切な車で事故を起こしてしまったと、同じく悔やんで泣いている。親友から託された車、自慢して一緒に乗って笑った思い出の車を、自分は居眠りで壊してしまった。  本当は、駐車場に止めて、家族に鍵を渡して歩いて帰ろうとしたのだ。しかし、居眠りをしてしまい、目が覚めると過ぎる所で、慌ててハンドルをきってしまった。
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