第三章 雪みたいに花みたいに 三

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「大丈夫です。車は無事です」  互いに後悔する思いを伝えてあげたい。  思いを光に込めると、ふわふわと飛んで行ってしまった。この光が、いつか本人に届くといい。  この思いは、闇に反応しないもので、事故車の魂の部分であった。その魂に吸い込まれるように、この影がある。 「上月、ここは目立つからさ。部屋に入って窓から見てね」  俺は、一人であれこれしてしまっていたらしい。惣菜屋の店員が、車にイタズラをされているのかと、訝しげに見ていた。 「そうだね」  部屋に入ると、八重樫がコーラを持ってきていた。しかし、俺は影に集中してしまった。  村の影には慣れているが、こちらの世界の影には慣れていない。志摩を連れて来ていたならば、食べてしまってで済ましてしまうが、俺では影を食べる事ができない。影を、消してしまうことはできるが、どうにも事情が知りたい気もする。 「そうか、彼女は憎いけど、ここから動けないのは、あの子が気になるからか」  そうか、前に惣菜屋の裏で、しているカップルを見た。あれの、片方はこの車の持ち主であるのか。 「まさか、寂しいから連れて行こうとしているの?」  そこで、影が頷いていた。 「ならば、消すよ」  でも、そこで首を振る。寂しいが連れてゆきたいのは、この不吉な車であるという。 「私は、この車でラブホに行き、初めて男性を受け入れました。不安で一杯でしたが、済んでみると、こんな簡単な事であったのかと思いました」  彼氏には、可愛い彼女ができ、別れ話になった。それは、修羅場であったが、彼女の自分を蔑んだ目に嫌悪感を覚えた。そんな女を好きになる、この男も最低だと思った。 「女の前で、言いました。いつでも別れるので、貸した金を返せとね」  返さないならば、今付き合っているパパに頼んで、本職の取り立て屋を手配すると脅し、笑って去ろうとした時に、その男に轢き殺されていた。 「殺されていた……」 「そうです。そして遺体は、山に埋められました。私は行方不明になっているのです。それが悔しくて、家族に会いたくて謝りたくてと、思いが残ってしまいました」   事情は分かった。しかし、本人に聞いてみても、埋められた場所は分からない。 「殺した人は覚えているのですよね」 「はい。赤羽 研斗(あかばね けんと)といいます。住所も引っ越ししていなければ、覚えています」
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