第一章 雪みたいに花みたいに

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 台風が来るからと、雨戸を閉めてみたが、嵌め殺しの窓からは外が見えていた。雨が次第に強くなり、人の通りはめっきり減った。  ここは、駅ビルの屋上で、元風呂屋の物件を改造して住んでいる。 「バイトに行こうかな」  俺がドアを開けると、強い風が部屋の中に吹き込んできて、一緒に李下(りか)も走り込んできた。 「店を閉めたよ。下の店も閉めているからね……オーナーから連絡があって、今日は休みでいいそうだ」  李下は、俺の住んでいた村で公務員をしている。しかし、俺の警護と見張りを兼ねて、ここで同居していた。 「そうですか……志摩も持ち帰っていますか?」  そこで李下が、背負っている箪笥を部屋に降ろしてくれた。俺は、李下にタオルを渡すと、箪笥も拭いておく。  李下は公務員で給料を貰っているので、バイト料は貰っていない。今のバイトのシフトも俺の名義で入っている。 「いつも、ありがとうございます」  俺は李下に、深く頭を下げる。  李下はいつも、廊下を挟んだ向かいにある喫茶店ひまわりで、俺の代わりに店員をしていた。オーナーとの連絡が、ほぼインターネットでの営業報告のみなので、人が違うと気付いていないが、李下が働いた分も、俺の給料に振り込まれている。 「今日は客がいなかったから、売れ残ってしまったよ」   喫茶店ひまわりは、名前は喫茶店であったが、定食を多く売っていた。今日は、台風のせいで夕食分が余った状態であった。売上利益に応じての歩合制であるので、売れ残るのは痛い。  李下が風呂敷を広げると、幾つもの鍋が積まれていた。俺は、鍋と李下を見比べてしまう。  志摩の箪笥だけでも相当重いのに、これだけの鍋を、よく担いできたものだ。箪笥を降ろす所を見ていなかったが、箪笥の上に鍋を重ねて運んでいたらしい。箪笥に少し鍋の跡が残っていた。 「かなり余ってしまいましたね」 「そうでしょ。でも、皆で夕食にしようか」  俺は、上月 守人(こうづき もりと)、薬剤師を目指している大学生であった。だが、皆と少し違う面があり、特殊な能力を持ってしまっていた。でも、それは珍しい事ではない。
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