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「あ、すいません。名乗りませんでした。八重樫 俊樹です。来年、高校を卒業します」
八重樫と名乗っていても、本家筋から外れているうえに、×であった。
「俺は、上月 守人です」
そこで、握手をしてみると、手がとても冷たかった。×といえども、人間と同じで体温がある。洗い物でもしていたのかとも思ったが、そんな冷たさではない。
「……もしかして、君は分身ですね」
そこで、多美が溜息をついていた。
「だから、すぐにバレると言ったでしょ」
俊樹は、今年の祭りで生贄に選ばれている×であった。本体は、市役所に地下に幽閉されているという。
「……やりたい事が沢山あって、まだ、どれもしていませんでした。だから、一つ位は叶えておこうかと思いました」
分身で抜け出したのはいいが、闇が保管できずに行き倒れの状態になっていたのを、多美が拾ってしまったらしい。
「何がしたかったの?」
「まず、外の世界を見ます。金儲けをして家族に渡して、それと守人様に会いたいです」
今、最初のしたかった事は叶い、外の世界には来ている。バイト料で電車に乗り、もっと見て来るといい。
「俺には、金儲けは縁遠いし、守人様は棄権してしまったしな……」
俺が悩んでいると、俊樹は笑顔になっていた。
「夢は暗殺部隊でした。ほら、最強だって言われているから。俺、何の能力もなくて、毎年、次は生贄だって言われていて、いつ死んでもおかしくなかったのに、やりたいことを残していた」
終わりが見えなければ、気付かない事もある。
「ここでの時給を渡すから、外の世界を見ておいでよ」
すると、首を振っていた。
「もう、ここから街を見ていましたよ。電気が沢山あって、電車も走っている。もう充分、満足しています」
沢山の思い出が出来ると、死ぬのが怖くなるので、これ位がいいという。
「それでは、俺は大学から帰って来たら、物件を確認しに行くので、電車に乗って一緒に行こうよ」
全く楽しくはないであろうが、電車に乗せてやりたい。村には、電車が無かった。
「はい!そうします!」
やはり、喜んでいた。
俊樹は何の能力もないと言っていたが、家の雑用を引き受けていたとのことで、掃除も丁寧で早い。しかも、終始笑顔で、とても可愛い。
「守人様、感情移入してはダメですよ。俊樹は、残せるような遺伝子を持たずに生まれた。一生懸命に生きても、誰も喰おうとはしないのですよ」
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