第八章 銀色 三

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「あ、すいません。名乗りませんでした。八重樫 俊樹です。来年、高校を卒業します」  八重樫と名乗っていても、本家筋から外れているうえに、×であった。 「俺は、上月 守人です」  そこで、握手をしてみると、手がとても冷たかった。×といえども、人間と同じで体温がある。洗い物でもしていたのかとも思ったが、そんな冷たさではない。 「……もしかして、君は分身ですね」  そこで、多美が溜息をついていた。 「だから、すぐにバレると言ったでしょ」  俊樹は、今年の祭りで生贄に選ばれている×であった。本体は、市役所に地下に幽閉されているという。 「……やりたい事が沢山あって、まだ、どれもしていませんでした。だから、一つ位は叶えておこうかと思いました」  分身で抜け出したのはいいが、闇が保管できずに行き倒れの状態になっていたのを、多美が拾ってしまったらしい。 「何がしたかったの?」 「まず、外の世界を見ます。金儲けをして家族に渡して、それと守人様に会いたいです」  今、最初のしたかった事は叶い、外の世界には来ている。バイト料で電車に乗り、もっと見て来るといい。 「俺には、金儲けは縁遠いし、守人様は棄権してしまったしな……」  俺が悩んでいると、俊樹は笑顔になっていた。 「夢は暗殺部隊でした。ほら、最強だって言われているから。俺、何の能力もなくて、毎年、次は生贄だって言われていて、いつ死んでもおかしくなかったのに、やりたいことを残していた」  終わりが見えなければ、気付かない事もある。 「ここでの時給を渡すから、外の世界を見ておいでよ」  すると、首を振っていた。 「もう、ここから街を見ていましたよ。電気が沢山あって、電車も走っている。もう充分、満足しています」  沢山の思い出が出来ると、死ぬのが怖くなるので、これ位がいいという。 「それでは、俺は大学から帰って来たら、物件を確認しに行くので、電車に乗って一緒に行こうよ」  全く楽しくはないであろうが、電車に乗せてやりたい。村には、電車が無かった。 「はい!そうします!」  やはり、喜んでいた。  俊樹は何の能力もないと言っていたが、家の雑用を引き受けていたとのことで、掃除も丁寧で早い。しかも、終始笑顔で、とても可愛い。 「守人様、感情移入してはダメですよ。俊樹は、残せるような遺伝子を持たずに生まれた。一生懸命に生きても、誰も喰おうとはしないのですよ」
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