春夏冬屋

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 ーーへ、春となりますと、商売は新しく興まして、色事などにも縁深くなります。夏となると、それが燃え上がるように盛りまして、商売繁盛、恋愛成就。金が入るは、意中の娘さんと床を共にするも意のままにございます。しかし冬となりますと、帳簿も冷え込みまして、鉄のようだった愛情も冷めてしまいますので、そこはなんとか乗り切っていただければ、また春が訪れる、とこのようにございます。  この話、八っつぁんには耳寄りのものでございました。何しろそろそろ身を固めろだの何だのと田舎からはせっつかれますが、どうにも意中の町娘とは全く結ばれる気がしません。懐も寒く、冬のようなものでありました。ここで秋を売ってどうにか春を引き寄せるか、と思いましたが、店主の話もどうにも怪しい。八っつぁんここは、また来るよ、と一旦引きます。  時間は流れまして、八っつぁんの懐もいよいよすっからかんとなりましたところに、建具屋の半公が小間物屋のミィ坊に告白するぞ、と風のうわさで聞きつけます。これを聞いた八っつぁん、こうしちゃあいられねえとほうぼう駆けずり回ってなんとかこれを妨げようとしますが、半公には敵いません。  畜生、なにか手はねえもんか。そう考えあぐねていますと、唐突に思いつきました。  ――春夏冬屋。春夏冬屋があったな。  さあ八っつぁん件の店へ急ぎます。果たして、そこには相も変わらずのんきなのれんと年季の入った門がありました。  ――やあ、店主。店主は居るかい。おうい、俺だよ。  ――はいはい、おまたせしてしまって。おや、八っつぁんじゃねえですか。今度はいかがいたしました。     
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