春夏冬屋

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 ーーへ、どなた様で、おや、これはこれは旦那様。随分と良くなったようで。  ーー昔と同じでかまやしねえよ。それよりも、俺がここまでこれたのも店主のおかげあってのもの、どうだい、金でも、ものでも、女でも、何でも好きな物を言ってみろ。俺がやろうじゃないか。  ――へえ、ありがたいことで。しかし私、今のままで何も頂くものもございません。  ――しかしそれでは俺の気が収まらぬ。言ってみろ、なにか些細なものでも構わん。  ――いやしかし、すでに私は「秋」を頂いております。これ以上何かいただいてしまいましたら、仏様に向ける顔もございません。いまは、こうして私との縁を覚えて頂いていたというだけで精一杯の御恩を頂いているというもの。これからも、変わらぬご贔屓をお願いいたしたくございます。  ――しかしだな、ここで返さずして三途の川を渡ったところで、恩を忘れたと地獄の釜でにられたと合っちゃお前も寝覚めが悪かろう。  ――そこまで言われてしまえば。そうですね、世間話の一つも持っていただければこれ以上はなにも望みません。  ――ははあ、お前の性根は見上げたものだな、店主。では、そのようにしようじゃないか。これからも親しくさせてもらおう。     
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