act.01 ”Similar things”

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 辰巳が与えてくれるものならば、苦痛でも快楽でもフレデリックには同じ事だった。そのすべてが気持ち良い。 「んっ……気持ち…良い…よ……辰巳…」 「相変わらず、お前はマゾだな。そんなに痛ぇのが好きなのか?」 「ちょっと…んっ、違うかなぁ……。ッ苦痛は…嫌いじゃないけどっ…ね」  額を擦りつけるように壁に縋り付いて言いながら、フレデリックは自らの腰を揺らめかせる。 「俺にはお前が変態だって事しかわからねぇな」 「そう、だね。キミがくれる苦痛なら、僕は……気持ち良く…なれる。ッ、試して…みるかい…?」  嘲るようなフレデリックの笑い声。狂気をはらんだその笑い声に、辰巳の背筋がぞくりと騒めく。  壁に両手をついたまま、フレデリックが上体を起こした。天井を見上げるように首を仰け反らせて静かに懇願する。 「っぁ、……んッ、首を絞めて…辰巳」  フレデリックの望み通り、辰巳はその指を首筋に巻きつけた。じわりと締め上げながら、ナカを抉る。気持ち良さそうに襞が収縮して、本当にフレデリックが感じているのだと辰巳は思い知らされた。 「っぅ……ぁ、……っ、ぁっ、…ぁ」  苦しそうな息遣いに快感が混ざり合う声は、艶めかしく辰巳の耳を刺激する。最奥を抉りながら後ろからうなじを舐め上げると、フレデリックは躰をびくりと跳ねさせた。  フレデリックの全身が硬直し、同時にナカの媚肉が蠕動して辰巳の屹立をぎゅうぎゅうと締め付ける。 「お前……っ」 「ッ……は…ぁ、……かは…っ、ぅ、んんッ」 「っ!? ……マジかよ…」  フレデリックの雄芯からボタボタと白濁が滴り落ちて、躰がゆっくりと弛緩していく。  思いもよらぬ達しかたをしたフレデリックに、茫然と硬直していた辰巳が指を解いた。喘ぎともつかない声を漏らして呼吸をする姿が艶めかしい。屹立を引き抜けば、フレデリックは放心したようにその場で静かにくずおれた。   ◇   ◆   ◇  思うさま淫楽を貪り眠りについた二人が目を覚ましたのは、翌日の昼をとうに過ぎた時間だった。船内でさすがに窓は大きくないが、そこから差し込む日差しは辛うじて昼の色である。  辰巳が目を開けると、すぐ目の前で胸に乗っている金糸の髪がさらりと揺れた。 「んっ……おはよう、辰巳…」 「あー……おはよ…」  目を覚ましたものの未だ眠そうに目を擦る辰巳の唇に口付けを落として、フレデリックが立ち上がる。そこには昨夜の疲れなど微塵も残ってはいなかった。  カウンターキッチンでコーヒーを淹れるフレデリックを、辰巳はぼんやりと見つめる。  二つのマグカップを手にフレデリックが寝台の端に腰掛けて、ようやく辰巳は躰を起こした。辰巳は、寝起きが悪い。  寝台の上に胡坐をかく辰巳に片方を差し出そうとして、フレデリックはふと手を止めた。 「コーヒー……の前に、煙草かな?」 「いや、それでいい」  煙草を取りに再び立ち上がろうとするフレデリックに、辰巳が手を差し出す。フレデリックはにこりと微笑んでマグカップを手渡した。  カップを受け取り、コーヒーを飲むものの、やはりどこか辰巳は手持無沙汰に見える。苦笑を漏らしたフレデリックは再び立ち上がると、煙草と灰皿を手に寝台へと戻った。  クスクスと笑いながら差し出されたそれを受け取って、辰巳がガシガシと頭を掻く。その様はまるでうだつの上がらないおっさんそのものである。 「素直に言えばいいのに」 「はん? 言わなくても持って来いよ」  当然の如く言い放つ辰巳に、フレデリックがごめんごめんと朗らかに笑う。  フレデリックが普段怒るところを、辰巳は見たことがない。嫉妬はあっても、辰巳がどんな暴言を吐こうともフレデリックは怒らないのだ。  辰巳などはむしろ短気ですぐに怒鳴るタイプである。だが、辰巳が怒鳴ったところでフレデリックが怒鳴り返すような事は十一年で一度もなかった。  不意に、疑問が湧く。 「お前よ、なんで理不尽な事言われても怒らねぇんだ?」 「どうしたんだい急に」  辰巳は、上手く話の流れで何かを聞く事などできない。それはもう昔からの事で、気になったものはすぐに聞いてしまう。しかも、ストレートに。  思えばフレデリックと出会った時からそれは変わっていなかった。 「気になったから聞いてるだけだがよ」 「うーん……。そうだなぁ、辰巳に関して言うなら、辰巳がそういう性格だって分かっているから……かな」 「わかってりゃ怒んねぇのか?」  ふぅと、辰巳は煙を吐いた。思えばこうしてフレデリックとゆっくり話をした事もないと気付く。いくら十一年付き合っていると言っても、フレデリックと辰巳が会うのは基本的に三ヵ月に一度のペースだ。会えない時ももちろんある。  世界中の海を旅する船乗りであるフレデリックが日本にいる時間は短い。長年付き合っているといっても、この二人の十一年は、思う程長くはなかった。  一度だけ訳あってフレデリックは、数ヶ月ほど日本に滞在した事はあるが、その時はまだ、フレデリックの何かを知ろうという気持ちが辰巳にはなかったのである。 「怒らないというか、怒ってても気付かれないだけだと思うよ」 「はぁん? 怒ってる時もあんのかよ?」 「もちろん。辰巳には……普段はないけどね」  フレデリックがわざわざ”普段は”などと言う理由は、辰巳には分かる。  九年前に一度、辰巳はフレデリックの手で銃口を突き付けられた事があった。本人は嫉妬だと言うが、きっと怒りもあったのだろうと思えば納得もいく。 「あん時以外にはねぇって事かよ?」 「そうだね。辰巳は、甲斐と初めて出会った時の事を覚えているかい?」  この二人が甲斐という青年……と言っても当時の甲斐は十六歳だったが、彼と出会ったのも九年前だった。年の割に尊大な態度と、年齢に似つかわしくない口調の持ち主で、今では大規模な企業グループのトップに立っている。 「ホテルでの事なら覚えてるぜ」 「あの時は、少し怒ってたかな。どれだけこの子は子供なんだろうって」 「あぁん? あれで怒ってたのかよ……」  呆れるように辰巳が言うのも尤もで、その時フレデリックは『本当にキミは子供だね』と、そう言っただけである。小馬鹿にしているような口調と表情ではあったが、どこをどう見ても怒っているような素振(そぶ)りではなかったはずだ。 「あー……駄目だ。俺にはわかんねぇよ。どう考えても怒ってるようには見えねぇ」 「ふふっ。だから言ったじゃないか、気付かれないだけだよ。コーヒーのおかわりは要るかい?」 「ああ、頼む」  差し出した空のカップを持って立ち上がるフレデリックの後ろ姿を見ながら、辰巳はガシガシと頭を掻いた。火を点けた煙草を咥え、自身の膝に肘を置いて顎を乗せる。僅かに斜めになった視界の中でフレデリックがコーヒーを注いでいた。  不思議な男だと思う。昔から得体の知れない部分は確かにあったが、素性を知ってしまえば腑に落ちる。だが、それとは別に、普段が穏やか過ぎるのだ。  カップを二つ手にして戻ってきたフレデリックが苦笑を漏らす。 「本当に、今日はどうしたんだい? 急に色々聞き出したりして」 「あぁん? 悪ぃかよ」 「悪くはないけどね。ちょっと……驚いてはいるかな」  驚いているというよりも困惑しているに違いないその表情に、辰巳も納得する。それだけ、自分はこの男に今まで何かを聞いたこともないという事だ。  聞かずとも分かる部分は確かに多い。というより辰巳も辰巳でフレデリックと同じように、こいつはそういう人間なんだろうと自己完結してしまうのだ。  そんな二人が一緒にいれば、あまり会話がないのも仕方がない事なのかもしれない。今更見合いのように何が好きで何が嫌いかなど聞き合うには、時間が経ちすぎている。 「そんなに見つめられると、どうしたらいいのか分からなくなるよ辰巳? 穴が開いてしまいそうだ」 「はん? いつも俺の事をじろじろ見てる奴に言われたかねぇな」 「僕がいつも辰巳を見てるのは普通だけど、辰巳はそうじゃないから困るんじゃないか」  至極尤もなフレデリックの台詞に、辰巳が黙り込む。その様子にフレデリックはクスクスと声をあげて笑った。 「まったく、急にどうしたのかと思ったよ。そんなに僕の事を辰巳が知りたがっているなんて、思ってもみなかった」 「悪かったな、いつも急でよ」 「拗ねる事はないだろう? 僕は嬉しいよ」  こうして穏やかに微笑むフレデリックには、マフィアとしての裏の顔がある。  辰巳は、フレデリックが人を殺めるところを実際に見た事はない。だが『僕が全部殺した』と、そうフレデリックが言う事に疑問は沸かなかったし、むしろ納得してしまったのである。こいつなら、遣りかねないと。  九年前に辰巳が見た光景は、まるでホラー映画やゲームの世界が現実に再現されたような、異様としか言いようのないものだった。そんな中で、フレデリックは辰巳に銃口を向けて嗤っていたのだ。クスクスと声をあげて。  それが、とても無邪気に聞こえたのである。  今辰巳の目の前で穏やかに笑っている男が持つ、もうひとつの貌。  だからと言って、フレデリックとの関係を断ち切るつもりは毛頭ない。むしろ、知りたいと、そう思ってしまったのだ。 「どうしたんだい? 色々聞いてたと思ったら今度は黙り込んで」 「何でもねぇよ」 「そんなに真面目に僕の事を考えてたのかい? 可愛い子猫ちゃん♪」 「あーはいはい。子猫でも何でも構わねぇよ」  辰巳がそう投遣りに言えば、フレデリックが困ったような顔をする。 「そういう返しは、好きじゃないなぁ……」 「あん?」 「それなら馬鹿とか阿呆とか言われる方がいい」 「あぁん?」  フレデリックの言う意味が、辰巳には理解できない。 「訳がわかんねぇよ。罵られてぇとかお前はマゾか? いや、マゾなのは知ってるがよ……」 「違うよ辰巳。さっき言っただろう? 僕だって怒る時はあるよ。キミに適当にあしらわれるのは好きじゃない」  困ったような顔をして怒っていると言うフレデリックは、確かに怒っていても気付かれないのかも知れなかった。だからこうしてわざわざ怒っていると言っているのだろう。  そんなフレデリックがどうにも可愛くて、思わず辰巳は笑ってしまった。 「そうかよ、わかった悪かった。……だがなぁフレッド、そういうのは、怒ってるって言うんじゃなくて、拗ねてるって言うんだよ馬鹿」  押し黙るフレデリックの横で辰巳が腹を抱えて笑っていれば、不意に伸びてきた腕に持っていたマグカップを攫われた。空のカップを放り投げたフレデリックに、あっという間に腕の中に捕らわれてしまう。  易々と辰巳を押し倒したフレデリックが、耳元で愉しそうに囁いた。 「笑い過ぎだよ辰巳。いけない子猫にはお仕置きが必要かな?」 「はぁん。お前は、俺に怒るとこういう事をする訳だな。昨日あんだけヤっといてまだ足りねぇのかよ?」 「まさか。さすがに、そこまで盛りがついてる訳じゃないよ。ただこうして辰巳に触れていたいだけ」  思えばフレデリックは、何かしつこく嫌味を言ったりするとこうして辰巳に過剰に接触してくる事がよくあった。きっとそれがフレデリックなりの怒り方…というより、誤魔化し方なのだろうと辰巳は気付く。だが、問題はそこではない。 「盛りがついてねぇのは有り難ぇんだがよ、”触れる”ってのには些か語弊を感じるんだがなぁ」  案の定小首を傾げるフレデリックの表情に、辰巳は苦笑を漏らした。この男は、本当にわかっていないのだ。今、自分が自覚なく何をしているのか。  そう思えばフレデリックが可愛く見えてしまうから重症だ。 「お前は分かってねぇかも知れねぇが、お前が今してんのは拘束っつぅんだよ。悔しいが俺はお前にこうやって抑え込まれたら動けねぇ。相手身動き取れなくさせんのは、触れるとは言わねぇぞフレッド」 「ッ……ごめん」  ゆっくりと、辰巳を捉えていた腕から力が抜けていく。自由を取り戻した辰巳は、その腕をフレデリックの背中に回した。初めて抱き締める男の躰は予想通り大きくて、思わず小さな笑いが漏れる。 「お前、やっぱでけぇな」 「辰巳……?」 「憎らしい程良い躰しやがって、むかついてくんな」
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