act.03 ”Lies and rewards”

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 最初はただの興味だったにせよ、今は辰巳を愛している。  少し下から見上げる辰巳の顔も、やっぱりフレデリックには男前に見える。出会った時から変わることなく真っ直ぐで、強くて、優しい辰巳を、フレデリックは愛していた。  マフィアには、沈黙の掟というものがある。自分がマフィアである事を徹底的に隠す事で、組織の存在を非公然なものにしているのだ。それを、フレデリックは辰巳のために破った。  辰巳が、知りたいと、そう言ったから。  その時にフレデリックは覚悟を決めたのだ。辰巳への愛を黙って貫き通すと。  辰巳が言うように、転ばせようとしている本人が偉そうに言う義理ではないのかもしれない。けれど、フレデリックの言葉もまた本心だった。  何があろうとも、フレデリックは辰巳を守る。そして辰巳もまた、フレデリックを守ると言うのだ。何の問題があるというのか。この二人には、何が起きたとしても心配などない。  ちょうど、二人の目の前にグランドロビーが見えた。この『Queen of the Seas』が誇るメインエリアだ。  微かに音楽が聞こえてきて、フレデリックはそんな時間かと無意識に腕時計へと視線を落とす。すると辰巳が突然奇妙な声を上げた。 「お…っ前、なんでそんな時計してんだよ」 「え?」 「それ、俺がやったやつだろ」  辰巳の言葉に、フレデリックは慌てて腕を後ろに回した。その様子に辰巳が苦笑を漏らす。  フレデリックは、どこか照れくさそうに時計をしていない方の手でポリポリと額を掻いた。 「バレちゃった…かな…?」 「当たり前だろうが阿呆」  誤魔化すように笑うフレデリックに、辰巳はガシガシと頭を掻いた。その表情が呆れている。  フレデリックの腕に嵌められている時計は、十一年前に辰巳が渡したものだ。GPSが内蔵されているそれを、辰巳は何かがあった時のためにフレデリックに持たせた。着けているのは日本にいる間だけでいいと、そう言って。 「ったく、お前って案外そういうところが女っぽいよな」 「辰巳だって僕があげたカードを大事に持ってるじゃないか」  言い合って、しばし睨み合う。だが、それは長くは続かなかった。  二人で向かい合ったまま、笑い合う。 「お前よ、一緒にいるのにそんなの着けててどうすんだよ。つぅか服と合ってねぇだろそんな安物じゃ」 「いいんだよ。この時計はドレスコードにも引っ掛からないし」 「そういう問題じゃねぇよ馬鹿」 「酷いなぁ、僕はこの時計が気に入ってるっていうのに」  フレデリックが、腕に嵌められた時計の文字盤を撫でる。その表情はとても穏やかだ。  そんなフレデリックを見遣って、辰巳が思いついたように口にした。 「んじゃよ、フレッド。今から時計を買いに行かねぇか?」 「また急にどうしたんだい?」 「あぁん? お前がいつまでもそんなシケた時計してっからだろぅが」 「うーん…。僕はこれが気に入ってるんだけどなぁ…。せっかく辰巳がくれたものだし…僕の居場所もわかるし…」  ブツブツと嫌がるフレデリックに、辰巳は財布を抜き出すとコインを一枚摘み上げた。それをフレデリックの目の前に差し出すと、そのままキンッと指で弾く。  くるくると回転しながら落ちてくるそれを、辰巳が掴んで手の甲に隠した。 「俺が勝ったら買いに行く。お前は、どっちに張る?」 「裏…かな」 「なら、俺は表だな」  そう言って、手の甲を隠している手をゆっくりと退けた辰巳の連敗記録は、止まった。にやりと辰巳の口許が歪む。それを見てフレデリックは小さく息を吐いた。  再び二人並んで歩き出す。コインを愉しそうに指で弾いては掴み弄ぶ辰巳の横で、フレデリックは悔しそうに言った。 「はぁ…、どうしてこういう時に負けるかなぁ…」 「はぁん? 新しいの買ってやるって言ってんだから喜べよ」 「辰巳はわかってない。これはそういう問題じゃないんだよ…」  拗ねるように言うフレデリックに、辰巳は苦笑を漏らすしかなかった。  ただ単にフレデリックの居場所を割り出す為だけに渡した時計は、見栄えを気にしたものでは全くない。ごく普通の、サラリーマンなどがしているような男性用の腕時計である。  辰巳としても、フレデリックが時計を大事にしてくれている事は、嬉しくない訳ではない。だが、まさか今にもなってそれをフレデリックが着けているとは思ってもいなかったのである。さすがに不釣り合い過ぎる。と、辰巳は隣を歩くフレデリックを見た。 「どういう問題でも構わねぇがよ、負けたんだから大人しく言う事聞いとけ」  さらっと言い放った辰巳に連れられ、その日フレデリックは新しい時計をプレゼントしてもらう事となった。その際、駄々を捏ねて辰巳に揃いの時計を買った事は言うまでもない。  その日の夜。部屋へと戻った辰巳とフレデリックは二人で酒を飲んでいた。  隣り合って座る事が当たり前となっている二人は、大きなソファに身を預けている。すると、不意に辰巳が思い出したように言った。 「お前、今日買った時計と前の時計ちょっと貸せ」 「いいけど…どうするつもりだい?」 「GPS移植してやんよ」  何の気なしに告げられた辰巳の言葉に、フレデリックは驚いたように目を見開く。 「嫌なら、出さなくても構わねぇぜ?」  そう言って酒を煽る辰巳に、フレデリックは言われた通りツールボックスと二つの時計を差し出した。  辰巳の武骨な指が、古い時計を持ち上げる。あっという間に裏板を取り外すと、ピンセットで中にある小さな基盤を取り出した。その小ささに、フレデリックがまじまじと辰巳を見る。 「それ…もしかして辰巳が自分で仕込んだのかい?」 「ああ。昔な」  フレデリックにとって、それは驚きの事実である。だが、現に目の前で辰巳はさっさと新しい時計の裏板を外すと、そのまま基盤を中に埋め込んで閉じてしまった。  ほらよ。と、そう言って放り投げられた時計を見れば、しっかりと動いている。手際の良さに感心するフレデリックの横で、辰巳は鼻の頭を摘まんでいた。 「あー…目が痛ぇ…」  言いながら目の周りを揉み解すようにしている辰巳の姿は、どこからどうみてもただのおっさんである。  苦笑を漏らしながらフレデリックがその様子を見ていると、突然辰巳がそのままの姿勢で口を開いた。 「それで文句はねぇだろ」 「辰巳…」  にやりと、辰巳の口許が嗤う。 「俺から貰って、お前の居場所がわかりゃあいいんだろ?」 「聞いてたのかい?」 「あぁん? 聞こえるように言ってたのは誰だよ阿呆」  目が痛いと、そう言いながら顔に手を遣る辰巳の頬が少しだけ赤いのは、酒のせいだろうか。  そんな辰巳をフレデリックが放置しておくはずは、勿論なかった。飛びつくように辰巳をソファに押し倒して唇を奪う。 「キミは本当に、僕をどれだけ喜ばせれば気が済むんだい? 辰巳」 「十一年もシケた時計大事にしてる馬鹿への褒美だよ。お前は、何をお返しにくれるんだ? フレッド」 「僕じゃ…駄目かな…?」 「はぁん? 元から俺のもんだろうが」  当然の如く言い放つ辰巳の腕が、フレデリックの胸元を掴んで引き寄せた。前のめりになったフレデリックの耳元に、辰巳が低く囁く。 「早く寄越せよフレッド。お前を…全部」 「もちろん。好きなだけあげるよ。キミが、もう要らないって懇願するまで…ね」  そう言って、あっという間に二人は服を脱ぎ捨てた。美しく引き締まった裸身を互いに曝し、吐息をを貪り合う。  その後、辰巳とフレデリックの二人が互いの躰を離したのは、空も白み始めた頃の事だった。
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