act.04 ”selfishness”

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act.04 ”selfishness”

 フレデリックの携帯電話が鳴ったのは、夜も遅くなった時間の事だった。  辰巳とフレデリックの手が、グラスを持ったまま止まる。フレデリックの携帯電話が鳴ると、この二人にはあまりいい事が起こらない。そんな共通の妙なジンクス。  促すように顎をしゃくった辰巳に、フレデリックは通話ボタンを押した。  英語。と言ってもイギリス英語で交わされる会話を辰巳がぼんやり酒を飲みながら聞いていると、フレデリックらしくなく僅かに気の立ったような口調が聞こえてきた。珍しい事もあるものだと辰巳が視線を向けたその先で、通話を終えたフレデリックが携帯を閉じる。 「どうした? お前がイラつくなんて珍しいじゃねぇか」 「え?」 「あん?」  しばしの間、二人で見つめ合う。先に動いたのは、フレデリックだった。  辰巳の隣に戻ってソファに腰を下ろすと、その肩にこてんと寄り掛かる。 「キミは、本当に鋭いよ辰巳。英語は理解できるのかい?」 「一応…つっても、そう喋る自信はねぇよ。で? 何をイラついてんだお前は」 「あぁ、そうだった…。キャプテンが急病らしくてね…代理を頼まれたんだよ」 「それで何でお前がイラつく? 仕事は嫌いじゃねぇだろう」  不思議そうに問いかける辰巳に、フレデリックが苦笑を漏らす。  フレデリックが仕事を厭わない事は分かるくせに、それ以外の事はまったく分かっていないのだ。しかも、ほんの些細なフレデリックの機微に気付いておきながら。  辰巳が言うほどフレデリックの口調はそう変わってはいなかった。本当に、ごく僅かなものだ。それは電話をしていた相手でさえも、気付いていないだろう。それなのに辰巳はあっさりとフレデリックの心持を見透かした。理由までは、気付かないけれど。  どうせなら理由の方に気付いて欲しいと思うフレデリックである。 「せっかく辰巳と旅行を楽しんでいるのに、時間がもったいないじゃないか」 「阿呆か」 「冷たいなぁ、辰巳。キミは寂しくないのかい?」  辰巳とフレデリックが『Queen of the Seas』に乗船してから既に一か月が経とうとしている。その前にフレデリックが日本に来てから計算するなら、三か月半だ。  その間、殆んどすべての時間を一緒に過ごしてきた。それなのに時間がもったいないなどと言うフレデリックに、呆れるなという方が無理な話ではないかと辰巳は思う。 「寂しいもクソもねぇだろ。お前にしか出来ねぇから頼まれてんだろうが。きっちり仕事して来いよ」 「嫌だ…辰巳と一緒に居たい…」 「ガキかお前は…。行くって返事してただろうが」 「やっぱり断ろう」  そう言って携帯を取り出すフレデリックの手を、辰巳は叩き落とした。 「痛いよ辰巳」 「馬鹿な事言ってねぇで行って来いよ。俺は、案外お前の制服姿は嫌いじゃねぇんだぜ?」  辰巳の言葉に、フレデリックが考え込むような素振りを見せる。  その横で、辰巳は空になった自分のグラスに酒を注ごうとしてその手を止めた。フレデリックのグラスに手を伸ばす。まだ半分ほど酒が残っているそれを、飲んでしまおうと思った。仕事に行くというなら、フレデリックはこれ以上酒を飲まないからだ。  酒を煽る辰巳の耳に、フレデリックの楽しそうな声が聞こえてくる。 「辰巳が僕に着てみせてくれるなら、仕事に行ってもいい」 「はあ? 着てみせろって…何をだよ?」 「僕の制服に決まってるじゃないか」  しばしの、沈黙。辰巳は、フレデリックの言っている意味が理解できなかった。どうして自分がフレデリックの制服を着なければならないのか。まったく以って理解できない。 「仕事に行くのはお前だろうが。どうして俺が制服を着なきゃならねぇ?」 「僕が見たいから」  コスプレなどという言葉を、辰巳は知らない。しかもそれをフレデリックが求めている事にも、もちろん辰巳は気付いていなかった。  辰巳は怪訝な面持ちでフレデリックの顔を見る。 「悪ぃ、言ってる意味が理解出来ねぇ」 「辰巳が僕の制服を着ているところを見てみたい。それが叶うなら、僕は仕事に行く」 「あぁん? よくわかんねぇな…。俺がお前の制服を着りゃあいいのか?」 「そうそう」  こくこくと頷くフレデリックに、辰巳は訳が分からないながらもそれくらいなら着てやると了承した。隣でガッツポーズをするほどに喜んでいるフレデリックを見る辰巳は、相変わらず怪訝な顔つきだ。  さっそくフレデリックは立ち上がると、クロゼットから真っ白な制服を引っ張り出して辰巳に渡す。 「今着んのかよ…」 「もちろん。一度、見てみたいと思ってたんだ♪」 「俺は時々、お前が何を考えてんのか分かんねぇよ」  そう言いながらも辰巳はあっさりと着ている服を脱ぎ捨てると、フレデリックから渡された制服に袖を通した。あまり体格差がないとはいえ幾分か大きかったが、大きい分には問題がない。  面倒そうに溜め息を吐きながらも、白い制服を纏った辰巳がこれでいいかと振り返る。 「Magnifique」  思わず、フレデリックの口からフランス語が零れ落ちた。 「あぁん?」 「素晴らしいって言ったんだよ辰巳。抱き締めたい」 「もう脱いでいいか…」  留めたばかりのボタンに手を掛ける辰巳の腕を、フレデリックが掴む。そんなすぐに脱がれてしまっては、もったいない。  肩に手を置かれたまましげしげと眺められ、うんうんと頷かれ、にこにこと微笑まれて、辰巳はようやく自分が今何をさせられているかに気が付いた。恥ずかしい。  写真を撮ろうと携帯を持ち出すフレデリックの手を叩き落とす。勢いよく飛んだフレデリックの携帯は、運良くソファに着地した。 「痛いよ辰巳」  本日二度目の台詞を吐きながら、さすがに今回は本当に痛そうな顔をするフレデリックに辰巳が詰め寄る。 「お前は俺に何をさせやがるこのタコ」 「コスプレ、かな」 「っんだそりゃ」 「コスチュームプレイだよ。驚いたな…本当に知らないのかい?」  どうりでやけに素直に着ると言ったものだと、そう言ってフレデリックはクスクスと笑った。 「知るかそんなもん」 「でも、凄く素敵だよ辰巳。…とてもよく似合ってる」  さらりと言ってのけて、フレデリックは再び辰巳を眺めまわす。  愉しそうに笑いながら見られる辰巳の方は、堪ったものではなかった。脱ごうと上着に手を掛ければフレデリックの手で止められてしまう。力でフレデリックに及ばない辰巳には、どうする事も出来なかった。  幾度目かの抵抗を阻止され、辰巳が悔しそうに呟く。 「あーもう、わかったから勘弁してくれよフレッド。いい加減脱がせろ」 「いやだなぁ辰巳。脱がせろなんて、随分積極的じゃないか」 「そういう意味じゃねぇんだよクソが」  心底嫌そうに吐き捨てる辰巳だが、フレデリックはまったく気にした様子もなく嬉しそうににこにこと笑っている。  こういう時のフレデリックが手に負えない事を、辰巳は長い付き合いで学んでいた。わざと台詞を曲解して受け答えされるのだ。何を言っても無駄である。  はぁっ…と、盛大な溜め息を吐いて、辰巳は諦めたようにソファへと身を沈めた。  制服を身に纏ったまま酒を飲む辰巳の姿を、フレデリックは隣に座って堪能する。それはもうフレデリックにとって至福の時間であった。  何度も言うが、見られる辰巳にとっては地獄である。 「お前よ…これの何がそんなに楽しいんだ?」 「普段と違う姿を見れるのは、愉しいだろう?」  ふと辰巳は制服を身に纏うフレデリックの姿を思い浮かべた。確かに、普段と違う姿というのは、魅力的に見えるかもしれない。辰巳も、フレデリックの制服姿は嫌いじゃない。  だからといってどうして自分が制服を着なければならないのか。どうせならフレデリックが着てくれれば…と、そう考えた時だった。不意に制服を着たフレデリックに抱かれる自分を想像してしまって、辰巳は思わず口許を押さえた。顔が、熱い。  そんな辰巳の様子に構うことなくフレデリックは辰巳の手からグラスを奪い去る。そのまま立ち上がったフレデリックが、辰巳の腕を引いた。つられて辰巳が立ち上がれば、フレデリックに背後から抱きすくめられる。 「制服って、禁欲的で素敵だと思わないかい? 乱したくなる」 「……だったら脱がせろよ」 「駄目だよ、辰巳。それじゃ意味がないじゃないか」  フレデリックの長い指先が白い制服の上を滑る。服を着たまま躰を弄られるという行為は、辰巳にとって慣れないものだ。何故か、恥ずかしい。  しっかりとボタンが留ったままの上着の下から手を差し入れられるだけで、辰巳の肩がぴくりと小さく跳ねる。 「とても…良く似合ってるよ、僕の可愛い子猫ちゃん」 「うるせぇよ馬鹿。さっさと脱がせろ」 「駄目だって、さっき言っただろう? 今日は…このままだよ辰巳。後でゆっくり脱がせてあげる…」  服の上から下肢を撫で上げられる。緩く勃ちあがりかけたそこを確認するように一度撫でるだけで、あっさりとフレデリックは手を引いてしまった。  羞恥を堪えるように俯く辰巳のうなじに噛みついて、フレデリックがクスリと笑う。 「恥ずかしそうだね、辰巳?」 「ヤ…メろよ、もう…普通に…脱がせればいいじゃねぇかよ」 「そうやって、恥ずかしそうな辰巳が…僕は見たいんだよ」  悪趣味。と、辰巳がそう罵れば、袷から差し込んだ手でシャツの上から胸の突起を摘み上げられた。痛みを感じるギリギリのところまで引き上げられて、思わず辰巳が仰け反る。  じわじわとフレデリックの指先から痺れが広がる感覚に、辰巳は身震いした。 「あッ、っそれ…以上、引っ張…んなッ」 「裸よりも…服を着ている方が恥ずかしいなんて、可笑しいと思わないかい? 辰巳」 「っ知ら…ねぇよ…」 「…気持ち良いくせに」  フレデリックの言う通りだった。どうしようもなく恥ずかしいのに、何故か気持ちが良い。ぞくりと背筋を這い上がる感覚に、辰巳は眉を顰めた。フレデリックは、いつも辰巳の感情を乱す。  女を抱く事にしか慣れていなかった辰巳の躰を作り替えたのはフレデリックだ。もう随分と肌を重ねたと思うのに、それでもまだ辰巳にとって初めての事は多かった。  服の上から躰を弄られるだけで、どうしてこんなに肌がざわつくのかわからない。  後ろから刺激することに飽きたのか、前へと回り込んだフレデリックに唇を奪われる。自然と零れ落ちた辰巳の吐息は、しっかりと濡れた響きを纏っていた。 「ぅっ…ぁ、…っ」  上向かせ首筋を舐めながらフレデリックは、あっという間に辰巳のベルトを抜き去った。上着はそのままに下肢を剥き出しにされた辰巳の顔に熱が集中する。  中途半端に脱がされて羞恥に顔を染める辰巳を、フレデリックが満足そうに眺めて床に膝をつく。上着の裾に隠れた辰巳の屹立は、予想通り既に硬く勃ちあがっていた。  フレデリックが、嗤うように歪めたその唇を大きく開く。躊躇いもなく中心を口に含まれた辰巳の唇が恋人の名を呼んだ。 「ッく…ぅ、フレ…ッド…」  煽るようにキツく雄芯を吸い上げられて、フレデリックの肩へと手をついた辰巳が苦しそうに眉根を寄せる。既に服を着たままだとか、そんな事はどうでもよくなっていた。  快感を堪えるように震える辰巳の後ろへと手を伸ばし、フレデリックは閉じた蕾の縁に指先を辿らせた。ただそれだけで辰巳は喉元を仰け反らせる。 「あっ…ぁ、はッ、挿れ…はっ…やくッ」  我慢できないと訴える辰巳の痴態を堪能するように、フレデリックは指先でトントンと縁を叩いた。 「ここに、欲しいのかい?」 「っ……欲しいッ」  辰巳の腹筋が引き絞られて、フレデリックの肩を掴む手に力が入る。フレデリックの長い指先が、蕾の中に潜り込んだ。ぎゅっと収縮する縁とは裏腹にナカが蠢いて指を食む。待ち望んだ刺激に歓喜するように、媚肉が指を奥へと誘い込んだ。
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