お気に入りのスナック

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僕は、できる限りママさんが入院している病院に通っていたが、ママさんの病状は素人の僕が見ても、悪くなっていることが分かるほどだった。 ある日、ママさんが深刻な表情で僕に話しをしてくれた。 「ひろさん、実はお願いがあって…  こんなことお願いできるのは、他にいなくて!」 僕は、ママさんのお願いなら、少々無理なことでも聞こうと考えた。 「僕にお願いって、何ですか?  できる限りのことはしますよ!」 ママさんは、少し考えてから話し始めた。 「ひろさんに、スナックをお願いしたいの!」 僕はビックリして、とっさにママさんに答えた。 「何を言ってるんですか?  ママさんが元気になって、スナックに戻ってきてくださいよ!」 するとママさんは、自分の思いをぶつけるかのように、僕に話しかけてきた。 「ひろさん、私は自分の病気のことを、全てお医者様からお聞きしています。  もう助からないということも知っています。」 僕は、唖然としてしまって、言葉が出なかった。 「ひろさんは、私のスナックに一番通ってくれるお客様で、私にはなくてはならない人です。  ひろさんのおかげで、スナックの経営を続けることができたと言ってもいいくらいです。  ひろさんは、私のスナックを心から大切に思ってくれているということが、私には伝わってくるのです。」 「はい、僕にとってママさんのスナックは、なくてはならない大切なお店です。  でもそれは、ママさんと美穂さん、佳奈さんがいてくれるからです。」 僕は、自分の正直な気持ちを話した。 するとママさんが、自分の思いを込めて、少し強い口調で話し始めた。 「ひろさんと同じ思いでスナックに来てくれるお客様や美穂ちゃん、佳奈ちゃんのために、ひろさんにお願いしたいのです。  ひろさんなら、私のスナックを大切にしてくれると信じているからです。」 僕は、自分にとっては、荷が重い話しだと感じた。 いい加減な返事はできなと感じた僕は、今日のところは考える時間がほしいとママさんに伝えて病院を後にした。
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