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蜜月に愛は謀られる。
【プロローグ】
世界中に豪華客船は数あれど、その中でもトップクラスの規模を誇る大型客船『Queen of the Seas (クイーン・オブ・ザ・シーズ)』。その美しい姿は見る者を魅了し、そのもてなしは最高の船旅を約束するという噂がある。
街ひとつを全て移植したような規模と設備を誇り、最高のもてなしを提供するクルーやスタッフ、それに物腰柔らかで優雅と評判のキャプテンをはじめ、常に冷静沈着なチーフオフィサー、一流のカジノディーラーなどなど。この船のクルーは見目も麗しく大変優秀な人材を取り揃えていた。
だがその実、船を所有する会社の大元は何を隠そうマフィアである。ついでに言うならセキュリティースタッフもすべてが息のかかった人間だ。もっと言うならキャプテン自身がマフィアの次期後継者という、非常に危険な船である。
もちろん、危険地帯(一部の人間)を除けば他のクルーたちは”一般”の、大変優秀な人材たちではあるのだが。
しかしご安心頂きたい。今回のクルーズは『Queen of the Seas』を所有する会社の創設を記念した特別なもので、たいへん真面目でクルーからの信頼も厚いマイケルというチーフオフィサーが代理でキャプテンを務めている。
正規のキャプテンはいったいどこへ行ってしまったのかと言えば、もちろんこの船に乗っていた。但し、乗客として。
フレデリック《Frederic》略称はフレッド、三十八歳。身長、百九十一センチ。体重、七十七キロ。国籍はフランス。
金糸の髪と碧い瞳は天然のもので、現在休暇中だが普段はこの大型客船『Queen of the Seas』のキャプテンを務めている。
柔らかな微笑みは見る者を思わずうっとりさせてしまう程に魅力的だが、中身はマフィアだ。その肉体には無駄なものなど一切ない。ついでに言うなら、トラブルが起きると面倒が嫌いなのでさっさと相手を始末してしまうという、実に恐ろしい性格をしている。
さて、いったいこの男が何故乗客であるかと言えば、何を隠そう恋人もとい”旦那様”との優雅な世界一周の新婚旅行を愉しむためである。
辰巳一意三十八歳。身長、百八十八センチ。体重、七十二キロ。国籍は日本。
黒髪に黒く深い闇を湛えた瞳は日本人独特のものだが、その体躯は日本人離れしたもので、惚れ惚れする程に美しい筋肉を纏っている。
ヤクザの跡取り息子であり、本人もその家業に身を置いている事もあって些か強面である事は否定しないが、その容貌はとても整ったものだった。性格はそう荒くないが、マフィアを嫁扱いする為にそのボスを脅す程度には肝が据わった男である。
そう。何を隠さずともこの二人はヤクザとマフィア。しかもどちらも次期後継者という、大変恐ろしく頗る危険な新婚さんなのである。
そんな二人がこの『Queen of the Seas』で宿泊している部屋は、この船でも最上級のグレードを誇る船室だった。それは広さ、設備共に、ホテルのスイートルームに匹敵する。もちろん、サービスも。
二人が宿泊する船室には、つい今しがたまでチーフオフィサーで今回キャプテンを務めているマイケルの姿があった。こういった大型客船になると、上客にはキャプテン自らが挨拶に訪れる事も稀にあるが、だからという訳ではない。偶々、食事をしに出掛けようと辰巳がドアを開けたそこに、キャプテン・マイケルが立っていたのである。しかも、どこか悩ましい様子で。
フレデリックにとってマイケルは弟のような存在だった。船乗りたちは船を”家”と呼び、クルーを”家族”と呼ぶ。その中でもチーフオフィサーであり次期キャプテンのマイケルは、フレデリックにとってとても大切で可愛い弟だ。
このクルーズが終わって幾月もしないうちに、フレデリックはこの『Queen of the Seas』を降りる。そして辰巳の元へと”嫁ぐ”予定だ。そのため、ナーバスになっているマイケルを放置しては置けないフレデリックである。
悩みを聞き、励ましてやるのも兄の仕事とばかりに部屋に引っ張り込んであっという間にマイケルの調子を取り戻させた。…のは、フレデリックではなく実は辰巳の言葉であった。だが、そんな事はどうでもいいのである。
ともかく、「マイケルは晴れ晴れとした表情でこの部屋を去って行った」という結果が重要なのだ。
一仕事終えたとばかりにフレデリックは、頼んだルームサービスが届けられるまでのひと時を定位置である辰巳の隣で過ごしていた。
フレデリックの定位置は、常に辰巳の左側である。それは辰巳が右利きであるからに他ならない。緊急時に、辰巳は必ず右手で銃を抜く。その邪魔にならないためにフレデリックは常に左側にいるのである。フレデリックは左右どちらの手でも扱えるからだ。
常日頃から些細な事に気を配り、旦那様をサポートする良き妻であろうとフレデリックは心がけているのである。まあ、時折暴走したり屈折したりはするのだが…。
とは言え、先にも記載の通り、この夫婦は嫁の方が躰が大きい。フレデリックは大型犬のように辰巳に飛びついては押し潰してしまう事もしばしばある。甘えるにしても旦那の方は気分屋なので”稀によく”顔を顰められる事もある。夫婦生活というのはなかなかに大変なものだと、そう思うフレデリックなのだ。
けれどもフレデリックには、何としてでも叶えたい野望がある。それは旦那様である辰巳を骨抜きにし、自分がいなくては生きていけない躰にするという壮大なる野望だ。つまりは歪んでいる。とてもとても歪んでいる。
それはもう溺愛というレベルを遥かに超えて、独占欲と執着心の塊のようなものだ。
辰巳が一歩間違えて怪我でもしようものならば、相手を絶対に許さないと豪語するのは当然の事。それは時として旦那である辰巳自身にも向けられる程にフレデリックは辰巳を愛している。
とは言え、辰巳ももう慣れていた。何せこの二人はそろそろ十二年の付き合いになるのだ。もっと言えば、この半年近く、辰巳とフレデリックは殆どの時間を共に過ごしているのである。慣れない筈がない。
そもそも辰巳自身、やくざの跡取り息子として生まれてからこれまで、身の回りの世話を誰かに焼かせるのには慣れている。むしろ世話役がいない生活などまっぴら御免だと言い放つ男なのだ。
かくしてこの二人は夫婦のような関係にある。そのためにフレデリックの養父であるマフィアのボス、アドルフを脅し、辰巳はフレデリックを攫ってきた。つまりはどちらも似たようなものなのだ。
人様から忌み嫌われるのには慣れている。元より他人の目など気にもしない。この二人は自分たちさえ幸せになれればそれでいいのだ。
旦那様命のフレデリックと、嫁が何よりも可愛い辰巳である。この二人は互いを信頼し合っている。そして互いを知り尽くしていた。心も、躰も。
【蜜月に愛は謀られる】
外で食事をしようという計画が変更になり、部屋で昼食を摂った辰巳とフレデリックの二人はソファでいつものように寛いでいた。辰巳が短くなった煙草を消そうとすると、フレデリックが目の前に灰皿を差し出してくる。
僅かに眉を上げながらも、辰巳は何も言わずに煙草を揉み消した。
イギリスのサウサンプトンを出航する時に『僕がいないと生きていけないようにする』と言った言葉を、どうやら本気で実行する気でいるらしいフレデリックは、このところ辰巳を構い倒しているのだ。
文句を言ったところでフレデリックがやめる筈もないのは分かりきっている。まあいいか。と、辰巳はそう思うだけであった。ただ。
「疲れねぇのかよ?」
「何がだい?」
「そうやっていちいち気ぃ遣ってんのがだよ」
杞憂だとわかっていても、一応問いかける辰巳にフレデリックが返した応えは、もちろんNOである。
「こうして隣にいる間だけは辰巳を甘やかしたい」
「本当に物好きだなお前は」
「辰巳だって人の事は言えないと思うよ? すでに半分は、僕なしじゃ居られない筈だからね」
フレデリックの長い指先が、辰巳の喉元を撫で上げる。フレデリックの言う通り、辰巳の躰は既に男に抱かれることに慣れてしまった。だからと言って、女を抱けない訳でもなければ、男を抱く事も可能である。
ただ、どうしようもなくフレデリックのアブノーマルな性癖に流されている感は否めない辰巳だ。
「お前が責任もって面倒見ろよ」
「もちろんだよ。僕の可愛い子猫ちゃん♪ なんなら首輪でも着けてあげようか?」
「勘弁しろ」
心底嫌そうに顔を顰める辰巳に、フレデリックが朗らかに笑う。本気でフレデリックが首輪をつけようとするならば、それが可能である事は辰巳自身よく分かっている。辰巳は、力ではフレデリックに敵わないのだ。
辰巳がフレデリックを抑え込んだのは、これまでにたった一度しかない。しかもその時のフレデリックは弱り切っていた。精神的に。
「あまりにも辰巳が僕に心配ばかりかけると、本当に首輪をつけて繋いでおきたくなる」
「はぁん? そりゃ猫じゃなくて犬だろぅが。お前こそ繋いでやろうか?」
「僕を繋ぐなら、首輪なんかじゃなくて檻を用意した方がいい」
そう言ってクスリと笑うフレデリックの言う事は、あながち間違ってはいなかった。いやむしろ檻でも壊してしまいそうな予感がする辰巳である。
「大人しくお前が檻に入ればいいがな」
「ふふっ、よくわかってらっしゃる。辰巳と一緒になら…入ってもいいよ?」
「馬鹿か。自分から逃げ場失くしてどうすんだ」
「檻なんかなくても逃がさないけどね」
喉元を滑り落ちた指先がシャツのボタンを外していく。ゆっくりとひとつひとつ外されるそれを、辰巳は何気なく見つめていた。
やがてすべてのボタンを外してしまったフレデリックの手は、当然のように辰巳のベルトを抜き去った。前を寛げただけのそこに、座ったまま上体を倒したフレデリックが顔を埋める。
屹立を衒いもなく飲み込むフレデリックの金糸の髪に、辰巳はその武骨な指先を潜り込ませた。愛おし気に雄芯へと舌を這わせるフレデリックの口許から、小さな水音があがる。
快楽に貪欲な辰巳の躰は、あっという間にフレデリックの手に落ちた。
ソファの背凭れに寄り掛かって天井を仰ぐ辰巳の口から、気持ち良さそうな声が零れ落ちる。
「あぁ…、気持ちが良い…フレッド…」
「ん…っふ…、もっと…気持ち良くなって…」
「指…挿れろよ」
「舌なら…挿れてあげるよ?」
フレデリックの言葉に舌打ちを響かせた辰巳は、自らソファの上に膝を立てて這う。
「早く舐めろ」
「ッア…ふっ、良い…ッ」
快感に背を撓らせる辰巳の姿を満足気に堪能して、フレデリックは自らの下身を丹念に解した蕾へとあてがった。物欲しそうに揺れる腰を掴んで一息に突き入れれば、辰巳の色香に塗れた嬌声が耳朶を叩く。
ゆっくりと引き抜こうとすれば絡みつくナカの媚肉を、一気に割り開いてやる。最奥を抉る度に辰巳の口から零れ落ちる嬌声に、フレデリックは笑みを浮かべた。もっともっと啼かせたくなる。
欲しがれば欲しがる分だけ与えて、溺れてしまえばいいと、そう思う。
「アアッ…気持ち良ッ…ッア、もっと…ッ」
「僕も…最高に気持ちが良い……カズオキ…」
繰り返される抽送に合わせて引き締まる腰が艶めかしい。フレデリックは撓る背中を舐め上げた。
「あっ…は…ッ、もう…っ、イ…ッく…!」
熱を吐き出す直前の辰巳の屹立を、長い指先がキツく締め上げた。フレデリックの表情がうっとりと歪む。その唇から紡がれる言葉に、辰巳の悲鳴が重なった。
「イかせない…まだ…」
「ッ!? んっ…あっ、あぁああ…ッ」
強制的に堰き止められた熱が躰中を渦巻いて荒れ狂う。堪えるように座面に頭を擦りつける辰巳の屹立を、フレデリックはそのまま扱き上げた。辰巳の背が、反り返る。背骨に沿って出来た深い溝を指先が辿った。
「はっ…ああッ、アッ、フレッド…てめっ…んァッ」
「苦しい程…気持ちが良いだろう?」
再開された抽送に、辰巳は堪らず頭を振った。握り締めた拳がぶるぶると震え、座面に沈み込む。息苦しい程の快感に苛まれて、辰巳は目の前が見えなくなった。真っ白な世界に落ちていく。
ぐったりと躰の力が抜けてしまった辰巳を、フレデリックは驚いたように見つめた。どうやら加減を間違えたらしい事に気付いて頭を掻く。
「怒られるかな…」
小さく独り言を呟いて辰巳のナカに埋め込んでいた屹立を引き抜いた。反射的に小さく息を詰める辰巳の唇に口付ける。ごめんねと、そう呟いてフレデリックは黒く艶やかな髪を撫で梳いた。
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