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「誰の話?」
コーヒーにミルクをかき混ぜていた白衣の女性が割り込んでくる。年かさの美女で、たま子の上司のみち子だ。
「何でもないよ、気にしないでよ」
慌てる安治をよそにたま子が答える。
「元女優のすず香姫の話だ」
「すず香……って、あの子?」
みち子は丸い目を大きくする。たま子が意味ありげに笑う。
「あら、そうなの。安治、あの子がいいの」
みち子の微笑みに深い意味はないのだろうが、安治は居心地が悪い。「本当は女の子がいいんだけど」と弁解したくなるのを飲み込む。マチでは『娘』は女だ。安治が気に入ったとしても変には思われない。……のだろうけど。
「……なんでみち子さん、知ってんの」
ひょっとしてビデオを観ることがあるのだろうか。
「あら、だって、有名だもの。……鳥居町で人気の子は有名になるわ」
若干取り繕うような言い方をする。
ピ、と短い電子音が鳴った。みち子が手元のタブレットを操作して部屋のドアが開く。通路に立っているのはこたろうだった。
たま子は安治に何も言わず、急いでデスクに戻るとすぐに取って返して部屋の外へ出て行った。ドアが閉まる直前、こたろうが愛想よく安治に手を振った。
何の用事だろう、と安治はぼんやり思った。
「どこ行ったの?」
「帰ったのよ」
みち子が答える。
それを聞いても、安治には二人の関係が想像できなかった。
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