記憶の薬屋

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(もう昔のことで、記憶の輪郭は途切れているものの) (……あの薬屋のせいだ)  物心つくまで僕は、病院の天井を見て過ごしていた。  生まれた時点でひどい病を患っていた僕は、ほとんど毎日、生死の境をさまよっていたという。大きな手術を何度か受け、複数の薬を手首から摂り、看護師の顔を毎日見ていた。僕の幼少期は、全く病気の印象しかなかったのだという。それでも懸命な闘病の後、僕は辛い入院生活を終えて、小学校に入学できた。  ところが、長く外に出られなかったため、僕は体がひどく弱かった。  季節の変わり目には必ず風邪をひき、学校を早退することも珍しくなく、楽しみだった水泳の授業は、ほとんど見学していたのだとか。もしかすると、教室よりも保健室にいたことの方が長かったかもしれない。  医者から言わせると、僕の病は本当に治ってはいるのだが、長い入院生活による体力の消耗と、当時の苦しい思い出のせいなのだという。  幸いなことに、周囲の友達は僕の虚弱さを理解してくれていた。けれど、それはとてもつらいものであった。あの頃はずっと、子供ながら周囲の優しさに心を痛めながら過ごしていた。  学校からの帰り道、とっても、まだ下校時間には早い。  その日はまた、体調を崩してしまったため小学校を早退した。運の悪いことに、両親とも仕事で不在のため、迎え無しに熱を出したまま帰路につかなければいけなかった。十一月の冷たい雨が、傘からわずかにはみ出た肩を濡らし、車の往来で水しぶきを受けながら、一人帰っていた。  小学校から僕の家までは、遠い距離ではなかったものの、幾つもの商店街を通り抜けていく必要があった。店の中には顔馴染みになった人も多く、今日のように体調を崩して早退していると、家まで送ってくれる店主もいた。しかし、今日は運の悪いことに、店はほとんど空いていなかった。シャッターが閉まり、往来に人の姿もない。  ほとんど一人で、商店街の中を歩いていた。 「さあさ、よってらっしゃい、よってらっしゃい。風邪薬から毒薬まで。惚れた病には効かぬけど、恋敵のあやつは殺められるよ」  僕の左側から、気だるそうな声がした。
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