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 車窓に流れては消えまた立ち現れる風景はまるで一つの映画のフィルムを逆回しにして観ているかのように私の心に写り出されていた。天の悪戯か、若しくは何処かに私には到底見ることが出来ない大きな手があって映写機のハンドルを逆回転させているのだろうかと、私は今、そんな空想上の映画館の席に座った気持ちで電車の席に一人座っていた。  現代的な高層ビルの窓ガラスには太陽が強く反射し、青空に流れる雲を映り出していた。休日のこの日は大規模な工場は長く閉鎖されているかのように静けさとともに廃墟を思わせた。やがて姿を現した街には小さな家が密集し休日の朝を過ごす家族の他愛ない一つ一つの営みが詰め込まれているかのようにそして犇めき合うように建ち並んでいた。次第に家の一つ一つは互いに距離を取って建ち並び出し、その間隔は次第に大きくなっていく。間には青々とした田畑や国有級の河川が流れている。時には自転車を乗る若者の姿や散歩をしているのだろうか、男性とおぼしき老人と小さな男の子が手を繋いで歩いている光景が見えた。一つの時間を刻むフィルムの中で、皆それぞれが今日という日に降り注ぐ明るい日差しを浴びてそれぞれの時間の中でそれぞれの時を過ごしていた。やがて目に入ってきた小さな駅舎は十一月のあの朝の日のように雪化粧に覆われ真っ白に写り出されていたが、真夏の強い日差しは瞬く間にその記憶から呼び起こされた幻想を溶かしてしまい、蜃気楼は廃墟同然となった小さな駅舎をも消し去る勢いで移ろい漂っていた。
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