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受験票を落としてしまったのが想定外なら、見知らぬ受験生から験担ぎのお菓子を差し出されるのも、当然、想定外だ。
「あの……」
思いも寄らない出来事に即座に反応できず、戸惑ってその人を見上げた。
「大丈夫。これは今朝、姉貴が俺の鞄に勝手に突っ込んだやつだから」
どうやら彼は、わたしが戸惑う理由を取り違えているようだった。しかし、せっかくの厚意を断るのは失礼だと思ったので、おずおずとしながらもお菓子を受け取った。
「あの、ありがとう」
わたしは戸惑いの残る声で再びお礼を言った。
「お互い、頑張ろう」
その人は大股で立ち去り、あっという間に人の中に紛れてしまった。
○
「――で、無事合格して今に至るというわけなのよ」
「へえ、そんなことがあったんだ。初めて聞いたわ」
加弥子はうどんをすっかり食べ終えていた。
この話を加弥子にしたのは初めてだった。というか、ほとんど人に話したことがなかったと思う。
「それだけ?」
「それだけって?」
「晶が合格したのはわかりきってるじゃない。お菓子をくれた人は合格したの? しなかったの?」
「そんなのわからないよ。どこの誰かも知らないし。あの後、一度も会わなかったし」
「薄情ね。晶が合格したのが実力か験担ぎのおかげかはさておき、その人は恩人でしょう。受験票を拾ってくれた」
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