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「それは……」
わたしは口ごもった。
受験票を拾ってくれたことだけに絞ると、恩人というのはいささか大袈裟だと思う。しかし、薄情という言葉に対しては、反論の余地がほとんどなさそうだった。
受験票を落として動揺したわたしは、思わぬ験担ぎをもらったことに驚き戸惑いはしたが、さらに喜ぶほどの心の余裕はなかった。試験会場に入った後は、そんなことがあったことも忘れて必死に答案用紙に向かっていたし。
試験を終えて会場を出たわたしが最初にしたことといえば、受験旅行に同行していた母への報告だった。電話口で母が「頑張ったご褒美においしい物を食べに行こう」とうきうきした声で言うものだから、早々に会場を後にしたのだ。そのため恩人を捜す暇はなく、また、受験が終わったという開放感からうかつにも彼のことを忘れていた。
加弥子にそれも話したら、ますますわたしの分が悪くなりそうである。
「そうかもしれないけど、顔だって覚えてないんだもん。捜しようがないよ」
最後の一切れとなったかつに、再びぶすりと箸を突き立てる。
「威張って言うようなことじゃないでしょ?」
彼女はわたしの行儀の悪さより、そこに呆れたらしい。
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