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「高橋、どこに行くんだよ。もうすぐ試験が始まるぞ」
「駐輪場。学生証、落としたかもしれないから」
事情は後で説明すればいいようなものなのに、つい立ち止まってしまった。しかし気持ちは急いていたので、言い終わらないうちに足は動いていた。「また後でね」
寺島君がさらに何か言ったような気はしたが、これ以上彼と話をしている時間はなかった。
校舎の外に出ると冷たい風に包まれる。そうだ、今はコートもマフラーも身に付けていないのだった。自転車をこいで体が十分に温まっていたから、教室へ着くなり脱いでいた。あれから少ししか時間は経っていないのに、ほてった体は冷え始めていた。一度身震いをする。
駐輪場まで走って戻ってくれば、また暖まるだろう。
「高橋、待てよ!」
靴底を鳴らしながら走り始めてすぐ、寺島君が追いかけてきた。
「何? 急いでるんだけど」
今度は立ち止まらなかったのだが、あっという間に寺島君に追いつかれる。
「少しくらい人の話を聞けよ」
彼は少し強い口調で言い、わたしの腕をつかんで無理矢理立ち止まらせた。
よりによってこんな時に、どうして彼が呼び止めるのか。理由がわからないので、苛立たしさが湧いてくる。それでつい露骨に不機嫌な声になっていた。
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