1人が本棚に入れています
本棚に追加
「寺島君」
階段を下りようとしていた彼に声をかける。少し離れたところから大声で呼んだので何人か振り返ったが、皆すぐに前へ向き直る。寺島君だけが立ち止まった。
「高橋たちは次も試験なんだろ。行かなくていいの?」
通行人の邪魔にならないよう廊下の隅に寄る。
行かなくていいわけはないのだが、その前にどうしても確かめておきたいことがあるのだ。
「寺島君ってもしかして、入試の時にわたしの受験票を拾ってくれた?」
付け足すならば、その後にお菓子もくれた?
寺島君は困ったような顔で笑った。
「やっと気が付いたのか」
「やっぱり」
あれは寺島君だったのだ。思わぬところで思わぬ時に恩人が見つかったので、嬉しくなって自然と顔がほころぶ。
「どうして今まで何も言ってくれなかったの?」
「どうしてって……高橋が俺のことを覚えてなさそうだったからだよ」
寺島君の言葉に、わたしはぐうの音も出なかった。
○
「初めまして。高橋晶です」
入学後のオリエンテーションで、わたしは寺島君にそう自己紹介した、らしい。これまた覚えていないのだが。
最初のコメントを投稿しよう!