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「俺は高橋の単位は拾えないから」
寺島君が先ほどの笑みをいくらか柔らかくする。
「へ?」
彼の言葉の意味がすぐにはわかりかねた。けれど寺島君が眉をひそめたのとほとんど同時に、何を言わんとしていたのか気が付く。
「ああ、そういうことね。ありがとう」
わたしが落としたのがスケジュール帳であれば寺島君でも拾うことはできるが、単位まではそうはいかない。彼はそう言いたかったのだ。
「高橋って、鈍いのな」
寺島君の目には間違いなく呆れの色が浮かんでいた。哀れみも少々加味されているように見えたのは、気のせいではないだろう。
「そんなことないよ」
すかさず言い返す。今、気が付くのが遅れたのは、一年前のことを思い出していたからだ。しかし、そんなことなど知るよしもない寺島君は相手にしてくれない。
「いや、今ので証明されたから」
さらに抗議しようとしたら、大(だい)輔(すけ)、と寺島君を呼ぶ声がした。どうやら彼の友人らしい。寺島君は「じゃあな」と行ってしまった。わたしは鈍くない、ということを彼にわかってもらえなかったのがちょっと悔しい。
その時、お待たせ、と背後から肩をたたかれた。
「加弥子、遅いよ」
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