第99階層

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凶器が重く振り下ろされる。 肉は簡単に切断された。 早くせよと急かされるばかりで幾ら斬り落としても称賛の声は無い。 削ぎ落す。 チッ、とポケットの中で警告音が鳴る。 手元が狂うことはない。 油で滑る足元にも慣れた。 慣れたどころではない。殆どはここで生活しているのだ。 警告音に対応する。 「来たか。じゃ死ね」 ごく小さい声で呟く。 スマホには二系統の入力を統合するように改造してある。 襟に付けたマイクの音を拾って音声でVRMMORPGへの指示が成される。 死ね、で充分だ。 後は全アプリを統合するAIが勝手に処理する。 「チャーシューまだか?」 「終わりました。次野菜足りなかったっすよね。刻んどきます」 「おう。頼む」 チャーシューの最後の一片を斬り落とす。 ボウルに置いた。 うんざりするほどの――もう、気にもならないが――野菜の山に手を付ける。 今日はまあまあの客入りだな、と注文の声の活気と頻度で判断する。 ビールが飲めるようにメニューを変えたのが先月だったか。 あれから餃子が増えた。 ピリ辛モヤシが増えた。メンマ、ザーサイ、ピリ辛キュウリ。 店長は一週に一度も店に来ない。 俺が12時間働こうが気にもしない。 調理師、衛生管理者、誰も居ない。 居ることにしておけ。 時給は直談判で1000円。一日一万二千円。学校には行っていることにしているが、両親も薄々感づいてはいるし高校は放り出されてもいいと思っているだろう。 一年間、きっちり限界までのシフトをこなせば人はごちゃごちゃ言わないものだ。 いつの間にか隆々と鍛えられた右腕が快適な音を立てて野菜を刻む。 死ね――はVRMMORPG、「VOID」でうっかり最も深い階層、地下99階に来た者へのメッセージだ。 気温は千度。酸素はなく広大なフィールド全体が酸素もないのに燃え上がる。バグ有難う。運営が対応したのか熱無効のモンスターを投入してきたが、侵入者にとって厳しくなっただけで俺には何の関係も無い。 かえって99階の攻略が厳しくなっただけだ。 やるじゃないかよ。運営。 この階で生き延びるにはタフでなければならない。 イシリアル――非物質に全身を改造すること。βで実装された。今は百万円くらいぶち込んで「転生」を狂ったようにやり直す以外に手はない。 数えきれないほど放ってある戦闘用機械に耐え抜くこと。
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