においのゆくえ

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 わたしより少し年上の、三十路をいくらか過ぎた女性だと知ったのは、朝のゴミ出しの時だった。就職してから五年間このアパートに住んでいたので、他の部屋の住人の顔は知っていた。なので、初めて見る彼女が、新しい住人だとわかったのである。  階下の住人が年上の女性とわかってからしばらくは、わたしと同じ一人暮らしだと思っていた。彼女以外の見知らぬ人を見かけることはなかったし、薄い壁や床を通して、日常的に会話をしている様子も届かなかった。  春が近くなった頃の土曜日の昼下がり、コンビニへ行こうと部屋を出たところで、たばこのにおいがした。いままでなかったことに首をかしげ、くさいなと思いつつ階段を下りると、一階でたばこを吸っている男性がいた。一人暮らしと思っていた、あの女性の部屋の前だった。携帯灰皿を持って、ドアの前にしゃがんで紫煙をくゆらせていた。  年の頃は三十代半ば。階段を下りてきたわたしに気付き、彼の方から「こんにちは」とにこやかな顔で挨拶をしてきた。一人暮らしかと思っていたが、恋人か旦那がいたらしい。     
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