においのゆくえ

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 わたしが最後に付き合っていた男性も、たばこを吸う人だった。においとヤニがつくのが嫌だからベランダで吸ってもらっていた。風向きによっては他の部屋ににおいが届くこともあっただろう。でも、部屋の前で吸うよりはましだったはずだ。このアパートは構造上、玄関は三方を壁に囲まれていて風通しが悪い。玄関の前でたばこを吸えば、どうしてもにおいがこもってしまう。  くさいなあと思いつつ、わたしもにこやかな顔で挨拶を返してコンビニへ向かった。大家に苦情を入れることもできるが、それが元でご近所トラブルに発展するのも面倒だ。たばこを吸っていた男性は穏和そうな人に見えたので、一度注意すればやめてくれるかもしれない。だが、くさいものの、些細なことだと思った。わたしはたばこは好まないが、吸うのはその人の自由なのだ。  それから時々、玄関前でたばこを吸う姿を見かけるようになった。見かけなくとも、残り香で、さっきまで吸っていたのがわかった。  桜がすっかり葉っぱばかりとなった晴れた日曜日、部屋を出たわたしは、たばこのにおいをかぎ取った。また吸っているのか、と思いながら階段を下りたが、玄関先に男性の姿はない。しかし、においははっきりと残っていた。ついさっきまで吸っていたようだ。  駐車場へ行こうとアパートの前の道に出た時、歩いている男性がいた。後ろ姿だが、彼だろう。手にはコンビニのコーヒーを持っていた。たばこを吸い終わって家に入ったのではなく、そのまま出かけたらしい。コンビニへ行くのだろうか、と思ったが、手にはコンビニのコーヒーを持っている。では散歩か。     
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