においのゆくえ

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 別れた後にストーカーと化した元・交際相手から逃げるため、女性は引っ越した。ところが、彼女の居場所はしばらくして元・交際相手にばれてしまった。相手の男は、女性に直接接触するのではなく、間接的に、自分が居場所を把握していることを知らせていた。  それが、あのたばこだったのだ。彼女が部屋にいる時、あるいは帰ってくる前を見計らい、たばこを吸っていたのだ。  残り香で、彼女は男の存在に気付く。彼女が帰ってくる頃にはにおいが消えていることもあっただろう。だが、かいだことのあるにおいを一度でもかげば、ストーカー被害に遭っていた女性は、すぐに男の存在に気付いたことだろう。現に、警察に相談していたそうだ。その矢先、男に襲われたのである。  被害に遭った女性は、夏が来る前にアパートを出ていった。彼女が襲われた事件は地方ニュースで報道され、何度か続報はあった。だが、男の裁判の結果までは報道されず、彼がどうなったのかはわからない。  わたしは、いまも同じアパートに住んでいる。階下には新婚夫婦が引っ越してきた。今度の住人は吸わない人らしく、アパートでたばこのにおいをかぐことはない。  ただ、職場や街中でたばこのにおいが鼻をかすめると、わたしはいつも、あの事件を思い出すのだ。
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