数学ノ章

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「ああ、ゼロとはすなわち、存在をしないことを記号として存在させたものなんだよ」 「曖昧でわかんない。存在しないものをどうして存在させられるの?」 「数学とは、すなわち仮想空間を作り出しているんだよ」 「仮想空間? バーチャルリアリティ?」 「バーチャルリアリティとは少し違う。例えばーー」  僕は目の前の授業用のプリントにリンゴを一つ書いた。 「ーーここに禁断の果実が一つあります」 「絵が下手くそだから、リンゴにしか見えないけど」 「このリンゴを一つ、神の使いが食べてしまいました」 「リンゴを丸々一個食べちゃうんだ」 「さて、ここにはリンゴがいくつ残っているでしょう」 「答えがゼロ?」 「ああ。でも、この、今、俺が作り出した仮想空間、数学的空間の中ではリンゴはゼロになるが、もしリアリティでこのようなことが起これば、無に還るはずだろう?」 「正確には、神の使いの胃袋に入った、と認識されると思うけど」 「ま、その捉え方でもいい。でも、その捉え方でも、ゼロは発見できないだろう?」  彼女は僕の頭の中で唸っている。 「まだわかんない」 「それならもう一つ、例え話をやろうーー」  僕は次に、一本の木のイラストをプリントに落書きした。 「これは、数学的仮想世界にあるリンゴのなる木だ」 「でも、木しか書いてないよ」     
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