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学校見学
半年後に受験を控えたわたしが一人訪れた学校見学の帰りのことだ。
――良さそうな学校だった。
福祉を重視するミッション校はわたしの希望と事情を汲んだカウンセラーが探してくれた学校だった。様々な事情持ちの子を受け入れているはずの学校は、けれど予想したような重さや暗さはなく、ごくごくありきたりののんびりとした空気に満ちていた。案内をしてくれた上級生も好感の持てる人で、わたしの気持ちはこの北の大地の玄関口に位置する小さな私学に傾いていた。
帰りの飛行機便の時間を確かめながら校門前でバスを待つ。里山の中腹に立地する学校はターミナル駅までバスで四十分ほどの距離にあった。麓の神社から上には人家もなく、バス以外の車両が走っているのも見かけなかった。
――どこに続いているのだろう。
道路は学校前で終わらずにさらに上へと続いていた。ここまでの道幅には余裕があり、歩道もあってよく整備されている。その山道を上ってきたバスは校門前のロータリーで客を吐き出し、列を作っていたわたしたち利用者を呑み込んだもののエンジンは止められたままで十五分ほど停車した後、出発した。定刻通りだった。木製の床からクレオソートの香りを放つ旧式の車両は東京で乗った水族館の送迎バスによく似ていた。
――通学生は毎日これに乗るわけだ。
古いためか速度感ばかりはたっぷりな車体が下りのカーブをひとつ、ふたつ抜けたときのことだった。木の床が立てる軋みと車体の下から響く何かが壊れているのではないかと疑うような金属音に混じり耳慣れない音が聞こえた気がした。
――エンジン音?
バスのものとは違うその音は開け放たれた窓から入り込み、急速に近づいているようだった。後ろからだ。確かめる間もなく迫った音は強烈な音圧を伴ってバスの真横を抜けた。窓の外に視線を向けていたわたしは眼が追いつかない程の速度で抜いていく赤い影を対向車線に見た気がした。制服を着た生徒たちの間からはなぜか黄色い声が上がった。
「きゃあああっ!」
「ハクギンの君!」
「願い事!」
「三回!」
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