お気に入りのワケ

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 恒例行事に参加するため遠征し、帰ってきたら、お気に入りのあの店に行列ができていた。おまけに、ずいぶんと長い。客たちは満面に笑みを浮かべ、楽しみでたまらないといった感じだ。  約一ヶ月のあいだになにがあったというのだろう。最前列のほうを覗いてみると、『リニューアルオープン』の看板があった。確かに外装がオシャレなレンガ風に変わり、内装もモダンなレストランのようになっている。  かつてのうら寂しく、質素な雰囲気はもうない。ビールケースを積み重ね、作られたイスやテーブルもないに違いない。あの座り心地の悪さは味わえないだろう。そう思うと、ひどく残念な気持ちになった。  ふと外に立てかけてあるメニュー表が視界に入る。『マスターの気まぐれおつまみセット』と書かれていた。要は、気分の問題で料理を作っているだけなのだが、こう表現すると、格式高く見えてくるから不思議だ。まさにものは言いようである。  おそらく、小汚い皿に盛られた、半生ソーセージや生焼けレバー串が並ぶこともあるまい。紫煙や油で黄ばんだ女優のポスターや壁紙もないだろう。
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