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 ふと足を止めると、水の香りがした。蛇行しながら流れる大和川の香りだ。ここは南海電鉄堺東駅の近くにある、大和川を見下ろす堤防の上である。美しい銀色の列車が鉄橋を渡り、川を通り過ぎようとしている。  私は、凍てつく冬の川を見に来た・・・・・・わけではなく、堺東駅前の商店街に買い物に行くところだった。   視線を下げると、大和川が緩やかに流れている。  この場所に来ると、あのおばあさんの事を思い出す。  以前、ここで知り合った品のいい老婦人のことだ。彼女は、とても大切にしていた指輪を、川の中に落としてしまったのだ・・・・・・。あれから一月ほどが過ぎた。あの指輪は見つかったのだろうか? 第二次大戦中に海軍兵士としてミッドウェー島に出征した旦那さんから貰ったものだと、おばあさんは言っていた・・・・・・。  立ち話をしながら、おばあさんに見せて貰った澄んだ菫色の指輪が、私の瞼の裏に今でも焼き付いている。  それは、忘れられないほど美しい菫色だった。  あの時、私の隣には彼がいた。たまたま近所に住んでいるおかげで、休日に顔を合わせることも珍しくない彼が・・・・・・。 「おや、長谷川さん」     
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