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「羽よ、夜気に漂う魔を集め、神秘をここに発現せよ……」
まっくろで大きな羽を頭上に掲げると、いつもの呪文を口ずさむ。
住宅街の隙間に作られた、名前も知られてないような小さな公園に人影はない。
それでもいい歳したスーツ姿の女が、バックとスーパーのレジ袋片手に魔法使いの物真似をするのは恥ずかしい。
誰かにみつかる前に済ませてしまおうと一気に唱えあげる。
「異界の門を開き、我が現身を彼の地へと運べ……」
呪文に呼応して羽がヴォンという耳障りな音を響かせると、表面にひとつ目を模した紋様が淡い光とともに浮かびあがった。
それとともに足場が不確かになっていく。
眼前の薄暗い景色が塗れた水墨画のようにボヤけると、その向こうから新たな景色が少しずつ現れる。
しばらく待つと視界が定まり、しっかりと地面に足を踏みしめていた。
あたりは薄暗いままだけれど、独特な木々が立ち並ぶ森林風景に公園の面影はない。
それまで遠くに聞こえていた車の騒音や人々の営みの音も消え去っていた。
少し冷たい空気が、自分が遠くへと運ばれたのだと実感させる。
偶然に目に入った木のウロが、邪悪な意志をもった顔のように見えた。
背筋を寒くさせる妄想を振り払い、わずかに抜けてくる光源を見つけ歩きはじめる。
足下に生えた草の背は低く、パンプスでも歩きにくいというほどではない。
この紛争地帯を歩くような不安感もすぐに消えるハズ。
するとほどなくして、空けた空間に出てる。
そこには木造ながらもしっかりとした造りの店が建っていた。
どうやら今週もたどり着けたらしい。
無意識に安堵の息がこぼれる。
森にたたずむ一件のお店。
驚くことなかれ、なんとここには魔女がいるのだ。
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