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──目の前に繰り広げられる光景が信じられず、睫毛を瞬いた。
壁に着いた手の間からわたしを見下ろしているのは、間違いなく営業部の王子様。
余りにも現実離れしたこの状況に、実は眼前の人は夢か幻ではないだろうかと疑うが、日々幾度となく目で追ったこの人を、わたしが見紛うはずはない。
『大城さん……』
身を竦めたまま怖々見上げながら、何と返して良いかわからず微かに彼の名前を絞り出した。
その声を拾った合図かのように、くすっと小さく笑みを零した端正な顔は、いつもの如く余裕たっぷりに見える。
だけど不意に伸びて来た、喉元に触れた指先が熱く、驚いた。
制服のブラウスの襟元に指が引っ掛けられ、真っ赤に染まってしまった自分の顔を感じつつも、慌てて掌を広げ抵抗を示した。
『あのっ……駄目です……っ』
『……このくらいで動揺するなんて、純なんだね……』
思いもよらない台詞にわたしの頬は益々逆上せ上がり、やっとのことで怪しい呂律ながらも捲し立てた。
『だ、だって、わたしたちそんな』
『じゃあ……どういう風にしたら駄目じゃないの? 教えて』
襟元から首を撫で上げた指先が、わたしの顎を掴み持ち上げた。
真っ直ぐな眼差しと視線がかち合い、心臓が跳ね上がる。
その目に犯されるような錯覚に陥り、熱の篭った自分の瞳に被さった瞼がとろんと重く感じる。
薄く笑みを浮かべた形の良い唇が近付いて来て、堪らず吐息が漏れ出てしまった──
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