喜び

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「たっちゃん、コーヤに彼女できたんやって」 「報告せんでええわ」 「たっちゃんに似てヘタレなので、ここぞというときに力を貸したってください」  ほら、お線香あげとき、と促され、しぶしぶ火を点ける。竜男が事故で死んで、じきに二年が経とうとしていた。塙矢は亡き父にほとんど線香をあげない。それは反抗期の名残のようでもあったが、どちらかというと、生前の父に反抗していた自分への、自責の念から立ちなおりきらないことの裏がえしだった。  おれ、嬉しいけど正直どないしてええかわからへんねん。ひっそりと心につぶやき、そのまま部屋にこもる。  彼女ってなんやねん。それが素直な気もちだった。彼女という生きものをどのように扱えばいいのか、自分は彼氏と呼ばれて、いったいなにをすればいいのか。遠目に見て憧れているだけだった彼女の恋愛経験も予測がつかず、あまりうぶなところを見られて頼りにならないと思われたり、逆に張りきりすぎて空回りするのも恥ずかしかった。適切な関係というものが知りたくて、検索バーにこれまで打ちこんだことのないような文字を何度も押しこみ、そのたびにはみ出てしまいそうになる文字たちがどこかへ行ってしまわないよう、自分のものにするのに必死だった。遠くで美樹の、「アタシ仕事行ってくるから、ご飯適当に食べといてや」という声が聞こえたが、それも夢のなかで聞いてわすれたなにかのように、霞がかかった音声として聞き流した。
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