初デート

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初デート

「あんまりこっちのほうは来えへんの」  秋晴れの土曜日、堺駅で待ちあわせをした二人は、のんびりと海沿いのカフェを目指して歩いていた。 「うん」 「そうなんや」  誘ったのは藍子だった。塙矢もデートとやらを体験してみたいと思ってはいたが、はたしてどういうところに行くものなのか、調べてもしっくりくる場所がなかった。父の逝去後、悲しむ間もなく受験に追われた塙矢は高校生になると、学校以外の時間のすべてをゲームに捧げるようになった。彼女を連れてゲーセンというわけにもいかない。初デートで家に連れこむのも気が引ける。となると映画か、ショッピングモールで買いものか、それとも遊園地か、と考えているうちに頭がパンクしてしまった。すると痺れを切らしたらしい藍子のほうから、明日うちの近くのカフェでお茶しない、と誘ってくれた。先が思いやられる、と自嘲しながらも、こくりとうなずいたのが金曜日の放課後のことだ。  カフェに着くまでの十分ほどが永遠のように長く感じられた。会話の糸口はいくらでも転がっている気がするのだが、どれも幼稚な話題のような気がして喉がつっかえてしまう。紅葉が綺麗やね、と藍子が言ったが、塙矢には枯れ木ばかりに見えた。手汗がひどい。 「丈六くんは量がすくないかもせんから、いっぱい頼んで食べてね」 「うん」  店は、なぜここにと戸惑うような場所にあった。隠れ家か、繁華街の地下にあるライブハウスみたいだ。工場を改装したというカフェは、色とりどりの布で装飾が施され、もとの工場らしさはほとんど残っていない。落ち着いた色あいの木製のテーブルが空間を大胆に使って配置されており、ゆったりとくつろげるスペースになっている。野菜にこだわった日替わりのプレートを二つ注文し終えると、もはや話題がなかった。しばらくの沈黙の末、口火を切った藍子は、 「丈六くんって、寡黙な人なんやね」と言った。
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