初デート

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 きっとこういうとき、というか会ってすぐにでも、服装を褒めたりするといいのだと思う。実際、私服すがたは新鮮だった。上品な花柄のワンピースは、おっとりとした雰囲気や笑みを絶やさない童顔に似あっていた。そういうことを伝えなければいけないのだろう。でも恥ずかしかった。そんな紋切り型の、月並みな褒め言葉を本気にして喜んでくれるとは信じられなかった。喋れば喋るほど自分の無知や経験値の低さを露呈するだけのように思えて、なにも言えなくなってしまう。 「学校でも、あんまし人と喋れへんよね」  そんな男からの告白を、なぜ受けてくれたのだろう。興味本位としか思えなかった。自分が逆の立場なら、罰ゲームでもない限り、こんな男とは時間を共に過ごしたくない。 「大浜」  へへ、と藍子が人懐こく笑う。 「丈六くん、初めて名前呼んでくれた」  太陽が眩しい。逆光を浴びた藍子が見知らぬ恐ろしい人影に見える。だがそれは紛れもなく自分の彼女だった。 「うちな、あんまし名字で呼ばれるの好きとちがうから、名前で呼んでほしいねん」 「うん」 「あのな、丈六くん、うん、やなくてな、わかった、藍子って言ってほしいねん。そしたらうちも、こうちゃんて呼ぶから。でも、二人のときだけな」  藍子の意外なまでの押しの強さと、二人のときだけな、という共犯的な関係の響きにくらくらする。 「ここのカフェな、乙姫様が見えるんよ」  ほら、こっちと藍子は立ちあがり、階段をのぼってテラスへ出た。ショートブーツを履いたふくらはぎに、塙矢はどきりとする。この薄そうな皮の下には自分と同じように血が流れている。後を追って階段をのぼると、海がひらけた。真っ青な鉱石を粉状にすりつぶして溶かしたみたいな青だ。じっと見ていると、びろうどのようにも、動物の皮のようにも見える、波打つ水面がふしぎだった。その海の向こう側に、たしかになにか銅像がある。乙姫様と呼ばれるからには女の像なのだろう。塙矢はそういうものに興味がなかった。偉大な人物とか、歴史とか、そんなもののよさがまったくわからなかった。 「うちね、家がこのへんで、ちっさいころから、ここらの景色に慣れ親しんで育ったけど、毎日見ても美しいなあて思うんよ」  工場に囲まれて、空気も汚くて、なにが美しいねんて思うよねえ、と藍子はほほえんだ。
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