初デート

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「でも、お父さんの染めものを見てると、うちの名前に藍の字を入れたかったこととか、海の偉大さっていうんかな、与えてもくれ、奪いもする自然のスケールの大きさと、そのなかでせこせこ働いて、ここやで、ここにおるねんでって、宇宙のどっかにでも向けて信号を送るみたいに発展しようとする人間のちっぽけさと、その両方がここにあって、美しいなあて、思うねん」  学校の夏祭りが決定打だった。前々から好意を寄せていたにしろ、その日は特別だった。藍子はしっかりとした生成りの生地の、藍色で矢絣の模様がはいった浴衣を着ていた。塙矢には浴衣の価値などわからない。ただただ洗練された着こなしの、藍子の大人びた横顔に心を動かされてしまった。そのときの胸の高鳴りを思いだすような横顔で、彼女は今、自分の隣に立っている。 「こうちゃんはさ、なにをそんなに憂いてるの」  見透かされている。ランチが運ばれたのを理由に席へ戻りながら塙矢は、この人に嘘は通用しないのだという畏怖のような、それでいて手放しに安心していいような気もちになっていた。だれがつくった野菜がとか、こだわりのソースがという説明を受けて食事をしたが、味はほとんどわからないまま、気づけばカフェを出て藍子に連れられ、灯台を見あげていた。おれ、と塙矢はちいさくつぶやいたが、その次が言いだせなかった。  本当は言いたかった。中学生のとき、親に反抗していた自分のこと、特に父親に対しての言動が度を過ぎていたこと。父親が唐突に事故で死んだこと。誰を責めても父親が生きかえるわけではなかったこと。反抗していた自分を責めはじめたこと。受験。高校生になり、説明会で会った同級生たちの顔が無邪気に輝いていて見えたこと。年だけを重ね、いつまでもあのときから抜けだせないでいること。だけどなにも口に出せなかった。塙矢は自分の感情を押しつけることが、人を殺してしまいかねないという虚像に恐怖していた。 「この灯台はな、日本で一番古い、洋式で木造の灯台なんやって」  白く塗られた灯台は、そこで人々の往来を見てきた。自分もこの灯台のようにどっしりと構えられたらいいのにと塙矢は淡い憧れを抱いた。風が強く吹いて白波が立つ。 「明日の夜には紀伊半島に上陸するかもってニュースで言ってたよ」
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