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だが、当のフレデリックはと言えば、ハトが豆鉄砲でも食らったような顔で彼女を見下ろしていた。まさか恋人がいると明言している自分を相手に、こうも堂々と告白されるとは思ってもみなかったフレデリックだ。日本人は奥ゆかしいなどと言うつもりはないが、ここまで大胆だとは思いもしなかった。
「あのっ、ごめんなさい先生。急にご迷惑ですよね…」
「うん。まぁ…迷惑というか、驚いた…かな」
「先生のお噂は窺ってるんですけど…その、どうしても気持ちだけ伝えたくて私…」
彼女の言う”噂”とやらがどんなものであるのかは、フレデリックの知るところではない。生徒たちの間に、自分がどんな人物として見られていようともフレデリックの仕事に支障はなかったし、どう見られたところで気にもならない。
「キミの気持ちはとても嬉しいけれど、僕には恋人がいるから」
「はい…。でもあの…っ、お食事だけでも駄目ですか? 一度だけでいいのでっ」
面倒臭いと、そう思うフレデリックはだが、一切の不満を表情に出さずに困ったような顔をする。と、その時だ。小さな電子音がフレデリックに救いの手を差し伸べた。
メールの着信を知らせるそれに、『失礼』と、そう短く告げて携帯を確認したフレデリックが、一瞬にして顔を綻ばせる。
それは、目の前に立つ彼女にも当然よく見えていた。
幸せそうな顔でメールを返すフレデリックの様子は、彼女に自分が付け入る隙などないと知らしめるのに充分な威力を持っていた。
「あ…の、やっぱりいいですっ。ごめんなさい!」
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