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確かな気配
「小野さーん、おはようございます!」
冷たく無機質な白い扉をスライドさせ、私はベッドに横たわっている患者に笑顔で声をかけた。
「ほら、今日は過ごしやすい日和ですよ。雨も降っていないし、カンカン照りでもないし、ちょうどよくお日様が出ていて。お散歩に行きたくなっちゃいますね」
シャッ、と音を立てて、外の光を閉ざしていたカーテンを開き、室内に明かりを取り込む。
私が発した言葉とは裏腹に、空はどんよりと重い雲が一面を埋め尽くし、いつ雨が降ってもおかしくない天気だった。
「ね、小野さん……」
私は顔に笑顔を貼り付けたまま、くるりと振返って患者の方を向く。
彼の口元は、大きくて透明な酸素マスクに覆われていた。
シュコー、シュコー、と規則的な呼吸音が病室に響く。
けれど、それだけだ。
彼が私の言葉に応えることも、窓の外の天気を確認することもない。
目は閉じられ、身体はぴくりとも動かない。
私は彼の顔を見ていることができなくて、彼の足元へと目をそらした。
そこには確かに、灰色の死の気配が彼を脅かそうとゆっくりと這い上ってくるのが見えた。
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