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普通電車が入ってきた。
各駅に停車し続ける電車は、乗らずにそのまま見送る人が多く、空席を多く携えたまま過ぎ去っていった。
そして三分後、急行電車が来た。
急行電車は八両編成なので、先頭車両は三番線ホームの先端近くまで来た。そうして電車のドアは、足下の目印どおりに並んでいた人たちの前で、用意されたように正確に止まり、見守る僕たちに気付く様子など無く、既に人がぎゅうぎゅうに詰め込まれた車中に、更に押し入るように開いた扉から順に乗り込んでいった。
「六時四十五分発、急行難波行き、只今発車いたします」
駅員のアナウンスの声とともに、電車は定刻どおりにゆっくりと動き出し、そしてそれは徐々に速度を増して、そのうち風になって右へ右へと消えていった。
おとなしいホームが、またそこに残った。
駅前ビルの看板に、地域のゆるキャラが描かれているのが、ふと見える。
祖母は少しの間、からっぽの構内を眺めていたが、そのうち黙って階段を下り始めた。
僕も黙って、付いて戻った。
自転車の車輪を搬送コンベアに乗せて、階段を押し上る学生服とすれ違う。
丸めた肩、小さな背丈が目の前を下りる。
祖母はいつ、この場所を見つけたのだろう。いつからここに居るんだろう。
そんなことは知らないけれど、僕はまた祖母と並んで、元来た通りの道を、とぼとぼ歩き出した、
背中側から遠くに、踏切の音が聞こえる。
そうして自宅が見える最後の角を折れた時、
「おなかすいたね」
と祖母は言った。
「そうだね」
僕は答えた。
視界に入ってきた我が家の瓦屋根に、ほんのり朝もやがかかって、いつもと同じはずの景色がとてもキラキラして見えた。
そして急に吹いた涼しい早朝の風にのって、八丁味噌の香りが、ふたりのもとにただよってきていた。
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